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グリーンランド山火事、予防を目指せば自然破壊

永久凍土内の泥炭が融解して燃える「温暖化防止と保護のジレンマ」

山内正敏 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

 グリーンランド観測史上で最大の山火事が話題になっている。これは7月末に発生し、3週間燃え続け、雨でようやく鎮火した。

 場所が場所だけに、グリーンランドの大規模な山火事は、他の場所の山火事とメカニズムが異なり、同時に地球環境への影響も色々予想されるので、山火事関係者のみならず温暖化関係者や極域環境関係者などの興味を引き、欧州宇宙機関(ESA)国航空宇宙局(NASA)米国海洋気象局(NOAA)もニュースとして衛星写真を掲載してる。そこで本稿では、グリーンランドの大規模な山火事の特異性や環境への影響の可能性について私見を述べたい。

グリーンランドの山火事は昔から報告がある

 まず、一般の方は、面積の8割が氷で覆われたグリーンランドで大規模な山火事が起こること自体が不思議に思われるだろう。ケッペンの気候区分で寒帯(最も暖かい月の平均気温が摂氏10度未満)と分類されるように、氷のないところも南端までツンドラ気候で、大半は岩がむき出しになった荒れ地だからだ(高山と同じ)。もちろん海岸部には1000年以上も前から人の住む村があり、全てが氷に覆われている訳ではないし、カンゲルルススアーク等ごく一部の地域は冷帯で、所々に灌木の茂みや湿地、草原も見受けられる。しかし、少なくとも森林と呼べる密度の植生はなく、「山火事=森林火災」という日本の常識は通用しない。

衛星から観測された火災現場
提供:ESA(Creative Commons Licence CC BY-SA 3.0 IGO)
 それでも昔から山火事の報告がある。オランダ・デルフト大学のStef Lhermitte教授のツイートによると、人工衛星観測で調べる限り(雲の下は見えないし、1日1回しか上空を通過しない)、グリーンランドでは2001年から毎年山火事が起こり続け、特に2015年と今年はそれが大規模になっている。人工衛星観測以前も、古くは半世紀も前から山火事の報告例があるらしい(注:Lhermitte教授がindependence紙に語った記事のみで、他の記録は見つけられなかった)。

 人工衛星から確認できるほどの山火事がなぜ起こるのか。

 半分大陸とも言えるグリーンランドは少し内陸に入ると乾燥しやすく、もしも灌木や草原があれば、火事は十分に起こりうる。しかし、山火事として広がるほど広範囲に敷き詰めるようには密集していない。

 そこで多くの科学者が推測しているのが、泥炭や泥炭になりかけの枯れ木が燃えているのではないかというシナリオだ。現に、数日おいた衛星写真を比較すると、火災が起こっている場所はほとんど移動していない。つまり、地表で何かが燃え広がっているのではなく、地下が燃えていると考える方が自然なのである。その意味では山火事というより、ゴミ埋め立て地等で起こる地下火災に近い。

永久「泥炭」層が温暖化で融解した

 泥炭の火災シナリオで問題となるのが、なぜ「今」なのかだ。そんな泥炭があったら、とっくの昔に燃え尽きていたはずだからだ。しかし、これには答えがある。地球温暖化で、永久凍土(凍った泥炭層)が融け、可燃状態になったというものだ。永久凍土が融け始めていることは北極圏のほぼ全ての経度で観測されている。となれば、このシナリオは極めて現実的であり、同時に同じことがシベリアやアラスカ・カナダのツンドラ帯でも起こりうることを示唆している。

火災現場から南東に約80キロ地点の風景=グリーンランド
提供:destination arctic circle(CC BY-NC-ND 2.0)
 この種の火災が温室ガス問題にとって最悪のものであることはいうまでもない。というのも、固形炭化物として地下保存されていた炭素が二酸化炭素としてばらまかれるからだ。しかも泥炭層に含まれるメタンガス(強力な温室ガスだ)は、永久凍土が融ける際に既に放出されているので、山火事で燃える前に大気中にばらまかれる。

 昨年、山火事についての一般論を書いた際、

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