米山正寛(よねやま・まさひろ) ナチュラリスト
自然史科学や農林水産技術などへ関心を寄せるナチュラリスト(修行中)。朝日新聞社で科学記者として取材と執筆に当たったほか、「科学朝日」や「サイアス」の編集部員、公益財団法人森林文化協会「グリーン・パワー」編集長などを務めて2022年春に退社。東北地方に生活の拠点を構えながら、自然との語らいを続けていく。自然豊かな各地へいざなってくれる鉄道のファンでもある。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
サクラやウメ、モモを枯らす外来昆虫に監視の目を
サクラの幹の中から這い出ようとしているカミキリムシを、ある夏の日に見つけた。黒い頭部に続いて、首元の赤い色が目に飛び込んできた。外来昆虫のクビアカツヤカミキリ(以後、クビアカと記す)だ。全身が現れると体長は3~4cmもあり、カミキリムシの中ではかなり大きい。今、国内でサクラやウメ、モモなどの木を枯らして問題視されている。
原産地はアジア大陸の中国からロシア沿海州にかけての地域だ。日本では2012年に愛知県で初めて確認された。翌年には埼玉県で見つかり、2015年には群馬県、東京都、大阪府、徳島県で、さらに2016年には栃木県でも見つかった。現在、これら7都府県で桜並木や果樹園、あるいは個人宅の庭木に被害の発生が認められている。被害木を伐採することになって、景観の変わった桜並木、果樹生産に大きな打撃を受けた農家も現れた。
この6月以降、毒針で刺されると人への健康影響が心配される南米原産のヒアリが見つかったというニュースが、外来昆虫関係で次々と伝えられている。発見された場所は港の近くや、そこからコンテナなどが運ばれた先だ。クビアカに被害を受けた木も当初、港湾や工業団地の近くで見つかった。どうやら中国から、輸入木材あるいは梱包用・輸送用の木製パレットに幼虫が潜んだまま運ばれてきて、国内で成虫が羽化、繁殖したようだ。ドイツやイタリア、米国など海外での発生事例でも、そうした侵入ルートが疑われてきた。ヒアリと同様、クビアカの被害拡大によって、私たちは急激なグローバル化の負の側面に苦しめられていると言えよう。
カミキリムシは幼虫が木の幹の中で育ち、被害を及ぼす。在来種でもゴマダラカミキリやスギカミキリなど、果樹園や人工林の害虫として嫌われてきたものがいる。マツノマダラカミキリは松くい虫(マツノザイセンチュウ)を媒介するため、特に駆除対象となってきた。ただ、クビアカは1匹の雌による産卵数がかなり多いのが特徴だ。通常のカミキリムシなら200個も卵を産めばかなり多い部類だそうだが、野外で捕らえたクビアカの雌に470個も卵の入っていた例がある。実験室では1匹の雌が累計1000個以上を産卵した飼育例もある。
サクラ、ウメ、モモなどバラ科の木を食害するカミキリムシは在来種に少なく、これまであまり問題にならなかった。それだけにバラ科樹木を好み、爆発的な繁殖力を秘めたクビアカを、森林総合研究所の加賀谷悦子・穿孔性昆虫担当チーム長は「海外から(日本という)宝の山へやってきて、今まさに急激に増えようとしている段階」とみる。すでに被害が確認されているウメやモモにとどまらず、同じバラ科のリンゴやナシの木にまで被害が及ぶとすれば、農業被害はさらに拡大する。サクラについても「放置すれば、将来花見ができなくなる」と日本大学生物資源科学部の岩田隆太郎教授(森林昆虫学)は警鐘を鳴らす。今はまだ、被害が人の生活圏内にとどまっているが、「山の中のヤマザクラなどに被害が広がってしまっては、手の施しようがなくなる」という危機感が高まっている。