テクノロジーの発展はこれからの働き方をどう変えていくか
2017年11月07日
皆さんは、学生を終えてから定年退職までに何社に勤めるでしょうか? この問いを、私は毎年、講義を受ける大学生にぶつけています。2017年の場合、手を挙げた46人のうち、1社が1人、2社20人、3社16人、4社5人、5社以上4人でした。1社とした学生は、2017年は少なかったのですが、過去6回のうち4回は20名~30名強のうち6〜7人、つまり2~3割を占めました。
私は続けます。今後、皆さんが大学や大学院を出てから定年退職までだいたい40年間、その間に世の中はどのくらい変わるでしょうか?
2013年の講義では、40年前は1973年、第一次オイルショックの年でした。私にとっては生まれた年で、きっと両親は煽りを受けたでしょうから、まあまあ身近な出来事です。しかし20歳前後の学生にとっては教科書で習っただけの歴史上の出来事です。学生を終えてから40年間くらい、オイルショックから現在と同じくらいの長い間、社会人として仕事していくのです。60歳でリタイアしてのんびり、は、どうやら夢物語のようですし、40年どころではないかもしれませんね。
一方、企業の平均寿命は20数年から30数年で、ここのところは延びていません。自分は一生1社だろう、という学生2~3割の予想は当たるでしょうか?
1社指向の学生が寿命の長い企業に入社すれば、もしかすると叶うのかもしれません。しかし、転職をあまりに嫌がると、それはそれでいいことがありません。社会人であるということは、社会、つまり他者に価値を提供し続けるということです。なのに、会社に居残ることに過剰にこだわると、社外への価値提供につながらない内政に目が向きがちです。減点を避け、リスクを取りにくくなるので、自分で自分の心と行動を縛ってしまいます。逆に、いつでも辞められるという自信や覚悟は心の余裕や安定、生活の質向上につながる、そう信じています。
ここまでの論には大きな見落としがありました。時間と共に会社を移っていくだけではなくて、ある時点で複数の会社に所属する、つまり複業(副業)もあるということです。
これまでも、講演や執筆、家業といった副業は広く認められてきましたし、社外取締役を兼業するというケースもままありました。また、時給や日給の仕事であれば、かけもちはよくあることです。しかしそれらとはまた違った副業が目に付くようになってきました。例えば、富士通研究所に勤める小崎資広さんは、サイボウズの技術顧問も務めています。伝統的な大手メーカーの完全子会社がこれを許したことに驚きました。
大手メーカーというと、副業を望んだ友人をはねつけた人事部の話を思い出すのです。友人「夜間・休日に取り組みます」。人事部「休日は、平日働くために休養してもらう時間です」。休日の使い方まで口を出す権利は会社にはないはずですが、週40時間を超えての労働が懸念だったのかもしれません。複業には、確かに、労務管理や労災の扱いといった課題はありますが、複業先の企業間での情報共有といった好例も出てきています。
思えば、2012年に出会った友人は、その時すでに「『副業禁止』(という社内規程)の禁止」を主張していました。今では政府も「働き方改革」の一環として副業・兼業を推進しています。
自分の時間を柔軟に複数の仕事に割り振ることができる。その先にあるのは、プロジェクトベースの働き方です。IBMが2006年に発行したGlobal Innovation Outlook (GIO) 2.0はこう述べています。
自分のスキルとフォーカスする領域の変化に合わせてプロジェクトからプロジェクトへ自由に飛び回る「一人会社」が何十億も出現するのではないかという見方すら出ています。
皮肉なのは、そのIBMが「一人会社」的な未来像に向けて、先進国での人員削減、それに替えて契約社員やクラウドソーシングの活用を進めていることです。雇用する側にとっては、月給という固定費を変動費に置き換えられるのですから、およそ、おいしい話です。何十億の「一人会社」……。2009年に、あるパネルディスカッションで話したところ、隣のパネリストが「それはない」と鼻で笑いました。しかし、一朝一夕ではないにせよ、我々の社会はその方向へ向かっています。理由はいろいろあります。
まず、よくある話として、
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