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続・ 日出ずる中国と、没する日本

急増するGDPを利用した習近平の科学技術重点政策

高部英明 ドイツ・ヘルムホルツ研究機構上席研究員、大阪大学名誉教授

 ナチスの執拗なまでのロンドン空爆、V-2による史上初のロケット爆撃……。第2次世界大戦中、苦難に耐えて国民を鼓舞し続けた英国のウインストン・チャーチル首相は戦後、記者から政治について質問されたとき、「民主主義など大嫌いだ」と答えて周りを驚かせた。しかし続けて「歴史を振り返り、民主主義より優れた政治形態がないから、不承不承受け入れる」と苦い顔で言ったそうだ。

 私は7月、かつてポツダム会議があった議場を訪ね、思いを馳せた。この地での3巨頭会談の最後の詰めの段階で、チャーチルは総選挙に敗れて政権を労働党に譲った。米国のルーズベルト大統領も逝去し、会議中にトルーマンに交代した。最後までソ連を代表してポツダム会議に残ったスターリンによって、戦後世界の勢力図は思うように描かれた感がある。

超高強度レーザー施設に1400億円

 中国の全人代大会が10月に北京で開催された。「虎も叩けば、ハエも叩く」と5年間、政権地盤を固めてきた習近平はこの大会でトップ7にあたる常任委員7人の多数を掌握し、2期目の5年だけでなく、その先も中国の舵取りをしそうな勢いである。可能なら日本の「トラ」も叩いて欲しいところだ。

中国の予算は急増し、米国やEUも追い越している(科学技術・政策研究所)
 しかし、GDPの成長率が7%を切った時代の国内運営は大変だ。特に都市部と農村部の間で所得格差が深刻になるなど、共産党独裁は社会問題を抱えている。だが、科学技術予算は右図に示すように、昇竜の勢いだ。最近、私の研究分野で1400億円の予算が付き、X線自由電子レーザー(XFEL)と世界一の超高強度レーザー施設が上海の放射光施設に隣接して建設されることになった。そこで、中国の最新の科学情報を知ろうと、8月末に北京の親友を訪ねた。

 4月に中国科学院(CAS)の副総裁に着任した彼とは、2002年に知り合い、同じ研究分野同士として15年間親交を深めてきた。この15年の中国科学界の変化がいかに急激だったかを、図から想像して欲しい。当時、彼は中国科学院の物理研究所副所長であったと同時に、中国科学院傘下の100近い研究所の総責任者でもあった。その後、2006年に上海交通大学の学長に選出され、2期10年、大学の国内・国際的な地位向上に邁進してきた。任期を終えて古巣に戻り、今はこの1400億円プロジェクトを推進している。

GDPの伸びを上回る科学技術予算の上昇

 中国の科学技術躍進の背景には、習近平の重点投資がある。GDPの伸び以上に科学技術予算を増やす方針をとり、今年の科学技術予算はGDP比で2.4%(約30兆円)だった。日本は文科省予算の全体額がGDPの1%(5兆円)程度に過ぎない。中国は教育へも重点投資しており、GDPの4%(48兆円)だそうだ。そもそも日本は国家予算の総額が約100兆円しかなく、ここから借金返済と社会保障を引くと半分も残らない。

大型XFELと巨大レーザー予算が認められた上海放射光施設
 さらに科学技術推進の官僚構造が異なる。中国科学院の場合、予算は財務省との直接交渉によって獲得する。科学院は日本の「省」に相当し、年間予算は約1兆円。総裁(大臣)も副総裁も全て研究者だ。彼らが科学政策を立案し、予算を獲得する。友人は物理関連の総責任者をしており、上海XFELを含む大型施設の予算化に直接絡んでいる。

 「上海のXFELはやはり欧州XFEL(約1600億円)に影響されたのか?」と彼に聞いたら、こう答えた。「いや違う。10年前、俺が総責任者だった時、科学院の中で科学技術長期計画を作成した。その段階ですでにXFELは重要課題になっていた。しかし、当時は予算不足で建設費をまかなうことができなかった。近年のGDPの上昇によって予算が確保できた」。多くの驚く話を聞かされて感心したとともに、日本の科学が相対的に小さくなっていることを痛感し、今後の中国との関係を深く考えさせられた。

優秀な在外中国人科学者の帰国ラッシュ

 次に彼に対して、中国に帰国する在米研究者が目立つことについて質問した。「海外で活躍する中国人研究者が帰国するなら今がチャンスだ」と、彼は以下のようなことを教えてくれた。

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