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生活に直結する宇宙天気予報

航空機運用に欠かせなくなるのに、日本政府はほとんど無対応だ

山内正敏 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

 宇宙天気とは、地上の代わりに超高層や磁気圏、宇宙空間の気象を示すものだ。超高層では普通の空気(中性大気)の代わりにプラズマや高エネルギー粒子(放射線)が満ちているから、太陽表面のプラズマの爆発を受けて異常電流や電波通信障害、放射線関連の問題が起きやすい。それらがあたかも、地上における豪雨・暴風・落雷などと同じように、人類に災害をもたらしうることから「天気」と名付けられた。1980年代末のことだ。その際、太陽プラズマ現象に関わる「異常」も、この宇宙天気のひとつに加わった。

拡大羽田空港の新国際線旅客ターミナル

 宇宙天気における「嵐」の状態を引き起こす元凶は、太陽黒点近くのプラズマの爆発(太陽フレアなど)である場合が多い。例えば、一昨年に起こった太陽フレアは、航空管制に使われる周波数の電波を大量に出し、その結果、航空機の侵入方向がたまたま太陽の位置と一致したスウェーデンのストックホルム空港で、飛行機の位置が測定できなくなって、全ての到着・出発便がキャンセルされた(「速報! これから赤信号の宇宙天気」)。

 とはいえ、この宇宙天気という概念は、日本では他人事と思われているふしがある。なにしろ、宇宙天気が問題になる対象が、元々は高緯度地域での停電や人工衛星の障害など、一般人には関係のない事象に限られていたからだ。宇宙天気における「嵐」を予測するための宇宙天気予報も、事前に嵐を予測してトラブルが起こる前に対処するための応用科学というよりも、オーロラを楽しむ観光客のための確率予報と考えている人のほうがはるかに多いだろう。今年9月の太陽フレアで、ようやく日本でも「太陽フレア」のツイート数がトップを取ったり専門機関に被ばくに関する質問が寄せられたりしたものの、まだまだ一般的とは言い難い。

国際線の運航に利用義務化へ

 そんな宇宙天気予報だが、実は航空業界では喫緊の重要課題となっている。宇宙天気予報に基づいて「被害の一番少ないルート」を飛ぶことが、航空機の運行条件として課せられるという。ここでいう航空業界とは、国際枠組みとしての国際民間航空機関「ICAO」のことであり、その第3付属書『航空機の運行責任者等に提供しなければならない気象情報』の規定に「宇宙天気予報」が加わるそうだ。しかも関係者の話によると、2020年という当初の発効予定が、早ければ来年に前倒しになりそうなのだ。

 航空業界で宇宙天気予報の重要さが急速に認識されてきた背景には、精度があがって「予報」と呼ぶに耐えるものになりつつある現実以外に、航空便の増加と無人技術の発達に伴い、わずかな通信障害すら、航空機の運行に支障をきたしうる時代に突入していることがある。

拡大無人宇宙補給機「こうのとり」(JAXA提供)

 現代の空港の過密スケジュールをこなす上で、航空機の運行、特に離着陸時のパイロットの負担を減らすことは重要な課題のひとつだ。例えば濃霧の際、かつては高度を推測する手がかりは気圧だけだったため、欠航も多かった。しかし、今ではGPSでこの精度を確保でき、その分、パイロットは他の重要課題に神経をさけるようになった。将来的には貨物機などの無人運行すら視野に入るだろうし、実際、宇宙ステーションにドッキングする無人宇宙補給機など、大型機の無人飛行技術はすでに存在している。

宇宙の「大嵐」でGPSも狂う

 この無人技術で一番の鍵となるのが、GPSなどの位置測定の技術だ。航空機を運航する場合、電波の到達時間から位置を求めるのが標準となっており、これをより確実にするのが準天頂衛星などの最新型衛星群だ。ところがである。宇宙天気における「嵐」が起きると、GPSによる位置測定が狂う恐れがある。というのも、嵐の時は電離層の電子密度が高くなり、その電子密度が電波の速度(真空中では光速)を遅くしてしまうからだ。どのくらい遅くなるかは電波の波長によって異なり、例えば短波通信だと、電離層で速度がゼロにまでなってしまうほどだ。その場合、電波は反射されるので、地上同士の遠隔通信が可能となっていたが、代わりに宇宙天気における「嵐」では、電波の反射がメチャメチャになって通信が困難になっていた。デリンジャー現象だ。

 GPSで使う電波の波長は非常に短いので、電子密度による影響は少ないが、それでもゼロではないし、「嵐」となると無視できない影響(70mほど)がでる。場合によっては電波がブロックされてGPSが使えなくなることすらある。そんな時は、前述した太陽電波も極端に増えて、ノイズが増える。特に10年に一度のレベルの「大嵐」となると、位置情報が完全に狂い事故に繋がりかねない。10年に一度というのは、地震に比べれば遥かに頻度が高く、予報があるなら活用するのが賢いのだ。

 それでも今までは、そんな予報システムを構築維持するコストと、位置情報の不確定さがもたらす不利益を天秤にかけると、多少の不確定さがあってもパイロットの技術でしのぎつつ、問題が大きな時は離着陸を長期間中止するほうがはるかに経済的だった。だから、宇宙天気を航空運用に用いることはなかった。

宇宙線を避け、飛行ルートを予測

 この状況を変えたのは、無人離着陸技術の発達と、空港離着陸スケジュールの過密化にあろう。 ・・・続きを読む
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筆者

山内正敏

山内正敏(やまうち・まさとし) 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

スウェーデン国立スペース物理研究所研究員。1983年京都大学理学部卒、アラスカ大学地球物理研究所に留学、博士号取得。地球や惑星のプラズマ・電磁気現象(測定と解析)が専門。2001年にギランバレー症候群を発病し1年間入院。03年から仕事に復帰、現在もリハビリを続けながら9割程度の勤務をこなしている。キルナ市在住。

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