元国立科博職員が残した40年以上にわたる正確な観測データに世界が瞠目
2017年12月15日
この論文によると、小山さんは戦争のさなかの1944年に父親に買ってもらった口径3.6センチの小さな天体望遠鏡で黒点の観測を始めた。本当は月の観測をしたかったのだが、月を見るには望遠鏡が小さすぎたのだという。黒点のスケッチを東亜天文学会に送ると、励ましの返事が届き、専門家の指導も受けるようになる。終戦の翌1946年の3月、戦争未亡人となっていた小山さんは上野の東京科学博物館(現・国立科学博物館)の職員となり、同館の屋上にある口径20センチの屈折望遠鏡で観測を始めた。1981年に定年退職したあとも、村山定男・理化学研究部部長(当時)の計らいで同じ望遠鏡を使って観測を継続。1985年には研究成果を「太陽黒点観測報告 1947-1984」にまとめた。
この本を東京・広尾にある都立中央図書館で見てきた。「序」には「・・何百万人にものぼる観覧者に黒点を見せ、説明するかたわら、毎日続けてきた太陽面のスケッチは8000枚近くになり、記録した黒点群の総数も1,2000をこえた。古典的で単調な記録だが、幸いにもしばしば各方面の研究者から利用したいというお申し出があるので、観測開始40年を記念して全部の記録を出版することにした。・・」とある。
中を開いてみると、ひたすら数字が並んでいる。文章は「序」と「表の説明」のところにしかない。そして、スケッチは最後に一枚紹介されているだけだ。スケッチの隣にあるのが、縦軸に太陽表面緯度、横軸に時間を取り、黒点がいつどこに出現したのかをプロットした図だ。蝶が羽を広げたような形になるので「蝶形図」と呼ばれるこの1枚が、観測の集大成ということになる。太陽黒点がある程度規則的に動いていることが一目でわかる図だ。
本には1枚しか掲載されなかったスケッチだが、国立科学博物館のサイトの「太陽黒点スケッチデータベース」に亡くなる前年の1996年12月(小山さん80歳のとき!)までのデータとスケッチが誰でも見られる形で格納されている。しかも好きな年月を選んでクリック一つで1カ月分のスケッチをアニメーションで見ることができる。これはなかなか楽しい。
小山さんが海外で再評価されたきっかけは、太陽活動の研究者たちが1610年代から2000年代までの太陽黒点群の数を生データにあたって数え直した研究プロジェクトだ。400年分の黒点スケッチをチェックする中で「一人の研究者が同じ望遠鏡を使い、同じ方法で40年も観測し続けた」ことが高く評価されたのだ。2016年に発表されたこのプロジェクトの論文には、「現代の基準で黒点群の数を数え直すため、ガリレオ、ガッサンティ、シュワーベ、ボルフ(小望遠鏡)、コヤマの黒点スケッチが解析された」とある。ニップ教授は
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