伊藤隆太郎(いとう・りゅうたろう) 朝日新聞記者(西部報道センター)
1964年、北九州市生まれ。1989年、朝日新聞社に入社。筑豊支局、AERA編集部、科学医療部などを経て、2021年から西部報道センター。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
カナダ製の世界初マシンは、日本の「量子アニーリング」理論を応用
量子コンピューターをめぐって、業界がざわついている。内閣府や科学技術振興機構が「世界最大規模の量子コンピューター」とうたう成果を発表し、異論が吹き出しているからだ。開発にかかわった身内からも「量子コンピューターではないのでは?」と疑問が出ている。
この問題を理解するのはやっかいだ。そもそも「量子」という物理的な特性が理解しづらい。加えて、量子をどう用いれば量子コンピューターと呼べるのか、国際的な定義もない。おおむね「そう名乗ってよい」とする大人の了解みたいな線引きがあるくらいだ。カナダの企業が2011年、初めて製品化をしたと発表したきも、「本当に量子コンピューターなの?」と疑いの目を向けられ、研究者がこぞって検証に乗り出したほど。どうやらOKだと認められるまで数カ月かかっている。
これからますます、いろんな話題が登場しそうな量子コンピューター。そこで今回、カナダで開発された初の量子コンピューター「Dウェーブ」の原理を見ていこう。旬の話題に乗っかるための第一歩だ。
「巡回セールスマン問題」と呼ばれる難問がある。いくつもある街をすべて効率よく訪問してから戻りたいセールスマンが、それぞれの街を1回ずつ訪ねる最短経路を求める問題だ。単純そうだが、じつはこの問題にきれいな解法はない。つまり、すべての経路の組み合わせを総当たりで確かめるしか、解く方法はないとされている。
すると街の数が増えるにつれて、作業は飛躍的に増大する。計算機理論の分野で「NP困難と呼ばれる問題のクラスに属する」などと表現される難問だ。特定の数式などを用いて一義的に解くことができないため、全部の経路をひたすら愚直に確かめなければならず、たとえ高速のコンピューターであっても計算時間が長大になってしまう。
しかし量子コンピューターなら、あっさり解けると期待されている。「総当たり」という作業こそ、量子コンピューターの得意技だからだ。
では、どうやっているか。まずは巡回セールスマン問題を見よう。この問題を解くには、
「1番目は街1か?」「1番目は街2か?」「1番目は街3か?」……
「2番目は街1か?」「2番目は街2か?」「2番目は街3か?」……
「3番目は街1か?」……
という組み合わせのすべてについて、それぞれイエスかノーで場合分けをする。イエスなら「+1」、ノーならば「0」に、それぞれの街同士の距離をかけて合計すれば全体の距離になるから、最短の組み合わせを選べばばよい。
では、量子コンピューターの動作原理はどうだろう。利用するのは、原子や電子が持っている「スピン」という特殊な性質だ。
スピンは磁力を生みだす根本となる物理量で、上向きなら「+1」、下向きなら「-1」の値をとる。このスピンを平面に並べたとき、全体のエネルギーはそれぞれのスピン間の相互作用によって決まる。つまり、
「スピン1〜2の相互作用は?」「スピン1〜3の相互作用は?」……
「スピン2〜3の相互作用は?」「スピン2〜4の相互作用は?」……
「スピン3〜4の相互作用は?」……
というすべての組み合わせの合計だ。
この「すべての組み合わせの合計」という手順の類似性を応用するのが、いまの量子コンピューターだ。いわば、自分が解きたい問題を量子の関係に当てはめて、エネルギーがどう変化するかをシミュレーションするような仕組みだといえる。
ポイントは、この計算をするときに「量子の重ね合わせ」という奇妙な現象を利用することだ。量子力学が扱うミクロの世界では摩訶不思議なことに、このスピンの値が同時に