背景をめぐる実証研究と、京都大iPS細胞研究所の取り組み
2018年02月20日
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)が1月22日、研究不正があったことを公表した。WEBRONZAではすでに瀬川茂子さんが「研究不正 対策は形骸化する」で詳細を述べているが、論文の信憑性に疑いがあるという情報が同研究所の「相談室」にもたらされたことがきっかけだったという。
今回の事件でも、当事者の助教に任期が迫り、一流ジャーナルで論文発表しなければならないと焦っていたのではないか、と。英語圏ではそうしたプレッシャーを「論文発表せよ、さもなければ滅びよ(publish or perish)」と表現することもある。だが2015年、そうしたプレッシャーは研究不正の原因にはなっていない、と指摘した研究が発表され、論争になった。
スタンフォード大学のデニエレ・フェナーリらは、それまでのプレッシャー仮説を支持してきた研究はすべてアンケートかグループインタビューでの調査であり、限界があるものだと退ける。彼らは、撤回された論文611件と訂正がなされた論文2226件の著者の国などの情報を、撤回や訂正がない論文と比較した。
その結果、不正行為があるという申し立て(要するに公益通報)に対応するポリシー(政策方針)がある英国などの国や、特にそれが法制化されている米国などでは、撤回の可能性が低く、逆に論文発表したという業績が現金で報酬を受けるような中国などでは撤回の可能性が高いことがわかった。これらはそれまでの仮説に一致するという。ところが、論文発表したという業績が個々人のキャリアにつながるドイツなどや、その研究機関への予算支出を決定するオーストラリアなどでは、撤回の可能性は変わらないか低かった。
この結果は「プレッシャー仮説に反する」とフェナーリらは書く。
もちろん反論があった。学術情報のウェブサイト「リトラクション・ウォッチ」では、微生物学者で研究不正問題の研究者としても知られるワシントン大学のフェリック・ファンが方法論的な問題があると述べた上で、研究不正をした科学者たち自身がその原因として論文発表や雇用などのプレッシャーを挙げていることが無視されている、と指摘する。さらに「論文発表せよというプレッシャーと科学的不正行為との間には強い相関がある」ことを明らかにした最近の研究が引用されていない、という。
この「最近の研究」とは、アムステルダム自由大学のジューリー・K・タイディングらが2014年に発表した研究である。
タイディングらは、ベルギーやオランダの医学研究者を対象に、論文発表せよというプレッシャーと研究不正の経験についてアンケートした。その結果、回答者314人の15%は過去3年間で捏造や改ざん、盗用をしたことがあると答え、25%が仮説を強化するためにデータや結果を抹消したことがあると答えた。72%はこうしたプレッシャーが「強すぎる」と答え、61%はこのプレッシャーが医学の信頼性や有効性に悪影響を及ぼしていると答えた。プレッシャーの強さと研究不正の深刻さとの間には相関があった。
この研究にも限界はあるのだろう。フェナーリらの研究結果は、
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