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西郷隆盛がかかった寄生虫病フィラリアは根絶目前

知らないうちに着々と進む「顧みられない熱帯病」の制圧支援活動

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

 西郷隆盛は、リンパ系フィラリア症と呼ばれる寄生虫病にかかっていた。そのせいで陰囊が大きく腫れて馬に乗れず、移動のときは籠に乗ったという。平安時代からあったというこの病気は、集団検診と駆虫薬の普及で日本では1970年代になくなった。そして、日本のやり方を熱帯や亜熱帯の国々に広めることで、人類社会からの根絶がもうすぐ手に届くところにきている。

「顧みられない熱帯病(NTD)」をテーマとした国際会議=2017年12月15日、東京プリンスホテル
 これは、世界保健機関(WHO)が特定の熱帯病を「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases=NTD)」と名付けて国際社会に対策の強化を訴えてきた成果の一つだ。2015年にノーベル医学生理学賞を受けた大村智さんの発見をもとに開発された抗寄生虫病薬「イベルメクチン」は、河川盲目症(オンコセルカ症)の患者を激減させるなど、熱帯病対策はここ数年目覚ましい成果を挙げている。そこに日本の貢献も少なくないのに、こうした動きが日本ではほとんどネグレクト(無視)されている。これは理不尽だと、昨年12月に東京で開かれたNTDの国際会議を取材して痛感した。

人生の質を低下させる病気

 日本でフィラリア症を知る人は専門家を除いてほとんどいないと思う。だが、1964年の東京五輪のころにはまだ患者がいた。皮膚や皮下組織が異常に増殖して硬くなり、象の皮膚のようになるので、象皮病とも呼ばれる。

 WHOで長年フィラリア症対策の第一線で活躍してきた一盛和世・長崎大学熱帯医学研究所ディレクターによると、フィラリアとは「5センチ~10センチのニョロニョロした虫」だという。イヌの場合は心臓に入るのでイヌは死ぬ。イヌと人間では虫の種類が違い、人間に寄生する虫はたいてい足の付け根のリンパ管に入り、足が異様に太くなるなどの症状を引き起こす。外見が変わるので、差別される場合も少なくない。「人間を殺すのではなく、人生の質を低下させる」病気だ。

 この寄生虫はミクロフィラリアという「子虫」を作り、それが血液中を回るようになる。この血を蚊が吸い、その後に別の人間を刺すと病気が広がる。幸い、子虫を殺す安くて安全な薬がある。残念ながら親虫は殺せないので、蚊に刺される可能性のある人、つまり集落全員が薬を飲むことで子虫を退治する。5年間、年に1度全員で薬を飲むと、新たな病気の発症はなくなることがこれまでの経験でわかっている。

フィジーでのフィラリア制圧プログラムのポスター。2006年まで年に1度薬を飲もうと呼びかけている。
こちらは、薬を飲めばフィラリアにかからないことを訴えるポスター

 WHOがNTD対策部を発足させたのが2005年だ。南太平洋の島々でフィラリア対策に取り組んできた一盛さんは2006年からWHO本部のフィラリア制圧計画統括官として13年に定年を迎えるまで働いた。12年1月にWHOは「NTDの世界的影響克服の推進-実施に向けたロードマップ」を発表、17の熱帯病について主要戦略と達成目標を示した。時を置かず、ファイザーやノバルティス、メルクといった大手製薬企業13社、米・英政府、ビル・メリンダゲイツ財団、世界銀行を含む22の国際組織が「NTD撲滅共同体(Uniting to Combat Neglected Tropical Diseases)」を組み、薬が有効な10の病気について2020年を目標年として大々的な支援活動を展開することを宣言した。これが「ロンドン宣言」だ。なお、WHOは現在、NTDとして20の病気を認定している。

熱帯病は大幅に減ってきた

 日本の製薬企業エーザイは、2010年にフィラリア症の治療薬を無償で22億錠提供するとWHOと共同声明を出し、12年のロンドン宣言にも日本の企業として唯一参画した。17年春までに27カ国に10億錠を提供し、社員がほかの国際機関と一緒になって現地での住民支援活動も進めてきた。さらに、20年以降も制圧が達成されるまで薬の提供と支援活動を続けると約束している。

 昨年刊行されたNTD撲滅共同体の報告書を見ると、11年にはNTD対策を必要とする人々は約20億人いたが、16年には15億人に減ったなど、5年間で大きな成果を出したことがわかる。

 視力低下を招く目の伝染病トラコーマは、

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