壮大なスケールで織りなす「私たちが生まれるまで」の物語
2018年02月23日
宇宙が誕生してから138億年。これを鉄道の旅に置きかえてみる。東京から博多まで、新幹線なら5時間3分。距離は1059キロある。東京駅を出発するときに宇宙ができたとすると、私たち人類が出現するのは20万年前だから、列車はもう終点の博多駅ホームにすべりみ、停車する直前の15メートルでしかない。4大文明が生まれるのは、最後のたった30センチ手前だ。
大胆な視点で人類史をとらえなおした話題作もある。『サピエンス全史』(河出書房新社)は世界的なブームを呼び、50カ国以上で出版されて500万部を突破した。一連の魅力的な世界をのぞいてみる。
終着駅の最後30センチでしかない文明史が、あまりに重視されすぎてきた……。そんな「人類中心史観」への反省から、『ビッグヒストリー』の著書デビッド・クリスチャンは、大学でより大きな歴史をめぐる授業に取り組む。その活動が大富豪ビル・ゲイツの目に止まり、1000万ドルの資金拠出を受けて始まったのが「ビッグヒストリー・プロジェクト」だ。無償のネット講座などを提供してきた活動の成果が、この一冊に集約されている。
副題に「われわれはどこから来て、どこへ行くのか——宇宙開闢から138億年の『人間』史」とある。最大の魅力は、文理融合の壮大さだ。理系と文系の知を自在に横断して、さまざまな成果を結び合わせている。序章で宣言するのは、「歴史学、地質学、生物学、宇宙論など、多方面の科学者たちの手で構築されてきた新たなビジョンを読者に紹介する」との立場だ。
もちろんこれでも、実際の時間尺度とは違って人の文明史の比率が大きいが、従来の歴史書とは明らかに一線を画す。ちなみに最終の第13章は「未来」が舞台だ。人口増加や石油枯渇、生態系破壊や気候変動といった問題をからめ、これからの100年が論じられる。私たちはなぜ生まれ、どんな歴史を歩み、そしてどこへ行こうとしているのか。驚きと勇気、警告と希望を与える本だ。
さて、この『ビッグヒストリー』に先行してベストセラーとなったのが、クリストファー・ロイド著の『137億年の物語』だ。500ページを超す大型本で、副題に「宇宙が始まってから今日までの全歴史」とある。本書もまた、広大な学問分野が融合し、歴史を孤立した点ではなく、相互にからみ合ったつながりとして描いていく。
中世ヨーロッパの混乱には、さまざまな要素が結びついている。ローマ帝国崩壊とゲルマン民族移動だけが起源ではない。中国との交通路開拓にともなう武器の流入、ペストの大流行、インドネシアの火山噴火による気候の変動、イスラムの隆盛、農具の改良……さまざまな要素が歴史を動かしてきた。
著者のロイドはいくつもの刺激的な指摘をしている。
「中世の封建制は、気温が上昇したことで、褒美に土地を与えられるようになり機能した」
「中国で発明された鉄製の鐙が、欧州に持ち込まれたことで、騎士の攻撃力が格段に上昇した」
「家畜の首輪が発明されたことで、牛だけでなく馬も畑を耕せるようになり、収量が増えた」
「中世の混乱で失われていた古代ギリシャの文献は、イベリア半島をイスラムから奪回したことで、図書館にあった文献が手に入り復活した」
ちなみに、イスラムの図書館にあった古代ギリシャの文献は、すべてアラビア語に翻訳されていた。これをラテン語に直すことで、絶えていた知識はよみがえったという。イスラムがなければ、ギリシアの栄光はない。
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