人工林拡大の中で進んだ開放地と大径木の消失が、大型猛禽類の減少を招いた
2018年05月08日
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――日本のイヌワシの生息環境は、世界的に見て特殊だと聞く。
――行動がどう変わったのか?
つがいでの狩りの頻度が高い。1羽が木のない所へ獲物を追い出し、もう1羽が狩るという戦法を採ることが多い。だから1年中つがいで行動し、どちらかが死ぬまで2羽のつがい関係が続く。これは世界的に見ると、すごく珍しい。巣は主に断崖の岩棚に造られ、雌は2卵を産む。ところが2卵目のひなの孵化は1卵目より3日ほど遅れ、孵化直後から1卵目のひなによる攻撃を受ける。この『兄弟殺し』『兄弟間闘争』と呼ばれる行動が日本では極めて激しく、ひなが2羽ともに巣立つ確率は1%にも満たない。獲物の量が限られる森林地帯で、確実に1羽が育つように適応した結果だと考えられている。
――森林にすんでいるイヌワシだが、周辺にある開放地が貴重な狩り場となってきたわけだ。
かつて森林は焼き畑として利用されたり、薪や炭を得るために伐採されたりして、山間部にも開けた場所が点々とあった。茅場や採草地などと呼ばれる草原も各地に広がっていた。そうした人工的な開放地がなかったら、イヌワシは獲物を捕れず、日本で個体群を維持できなかったのではないか。少なくとも人間が森を利用するようになってから、日本のイヌワシは人の暮らしと共存してきたと言える。
――イヌワシの繁殖成功率は1980年代から低下するようになったと言われる。その頃から森に変化が起こったのか?
私が調査のフィールドとしていた鈴鹿山脈で、初めてイヌワシを見つけたのは1976年だった。当時は伐採地がいっぱいあり、植林から数年の場所もたくさんあった。イヌワシが狩りをしやすい環境が広がっていた。しかし、戦後の拡大造林で植えられたスギやヒノキがどんどん成長し、かたや燃料革命で石油やガスが普及したため、薪炭林が定期的に伐られることはなくなった。草原も放置されるようになった。このため4~5年も経つと灌木が伸びたり草が大きくなったりして、イヌワシは狩りをしにくくなっていった。日本イヌワシ研究会は、1981年から毎年、繁殖状況を調べているが、当初
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