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女性科学者はどんな目にあっているのか〈下〉

天文学者として生き残ったわたしの#Me Too

加藤万里子 慶應義塾大学教授(天文学)

拡大今春、「私は黙らない0428」のイベントでプラカードを掲げる人たち=2018年4月28日、東京・新宿、迫和義撮影
 女性科学者がなかなか増えない原因は、優秀な女性たちがセクハラ被害のために学問への道を閉ざされるからだと私はみている。実際、最近も教授のセクハラにより大学院への進学をあきらめた、という報道を見かけた。政府は実態調査をしないので、被害が増えているのか減っているのかすらわからないが、前稿で指摘したように深刻さは変わっていない。

学問の世界の特殊性

 私の友人は、大学院生の時に指導教員から「オマエの博士論文は徹底的に阻止してやる」と言われた。この教員が彼女の学会発表のたびに研究を貶めるような質問を繰り返したのを私も何度か目撃したが、彼女は極度の緊張を強いられていた。結局、博士論文を母校には提出できず、別の大学に提出した。

 別の親しい友人は、男性上司から大変に卑劣な行為をされ抗議した。ある日出勤したら、自分の実験動物が殺されて処分されていた。それ以後、ちょっと目を離した隙に何をされるかわからないと、怖くて実験ができなくなった。

 大学は一般企業と異なり、人事の配置転換がない。加害者が同じ学科にいるなら定年まで一緒である。同じ会議に出席し、予算や教育内容の議論をし、共有の実験機器を使う。同じ分野の研究者であれば、たとえ大学を移っても、学会は同じである。

 こうした構造が、学問の世界のセクハラが深刻化する一つの理由である。

初めて参加した天文学会は背広の集団だった

拡大大学時代:「物理学科の女は女じゃない」という内心と周囲の声に合わせて、1年中このスタイルで過ごした=筆者による自画像。以下同。
 私は1972年に立教大学物理学科に入学した。ピアノ教師への道を望む両親は「女の子なのに物理なんて」と嘆いたものだ。物理学はたいへん面白かったが、それと女であることが自分の中で矛盾してしまい、自己形成に悩んで本をたくさん読んだ。

 大学院生になり、初めて参加した天文学会は背広の集団だった。女性は私が全国で4番目。女は就職できないし、ろくに研究指導もしてもらえないと聞いた。

 大学院修士課程のとき、研究環境に物足りなさを感じて東大を受験。博士課程からの入試は前例がなかったが、とにかく試験をしてもらい、私一人が受験して落ちた。表向きの理由は(研究能力ではなく)語学力だったが、本当の理由は、私の指導教授の根回しが足りなかったことらしい。

 今でも覚えているが、語学の試験監督は東京天文台の某先生で、私と天文台で出会うと「私立の女子学生が何故ここにいる」と敵意まる出しの視線を向ける人だった。私は落ちたにもかかわらず、翌日から東大に入りびたり、授業やゼミに参加した。10年ぶりの女子ということで歓迎されたのだ。

 当時は結婚した女性は就職が難しいと固く信じられていたので、同じ分野の研究者とつきあっていることは秘密にしていた。結婚したとき、 ・・・ログインして読む
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筆者

加藤万里子

加藤万里子(かとう・まりこ) 慶應義塾大学教授(天文学)

慶應義塾大学理工学部教授。1953年東京都生まれ。立教大学大学院博士課程修 了。理学博士。1986年慶應義塾大学専任講師として就職。2004年より教授。第 17・18期日本学術会議天文学研究連絡委員。「ジェンダー構造の多角的解析」特 別委員会WG委員。主な研究分野は新星の理論とIa型超新星。日本天文学会林忠四 朗賞受賞(2004年)。著書に「新版100億年を翔ける宇宙」(恒星社厚生閣)。巻 末に点字の銀河の図つき。同名で目の不自由な人のためのバリアフリー版もある。