月周回基地は、火星探査への足がかりになる
2018年07月16日
前稿では、国際宇宙ステーション(ISS)の後継として月基地が選ばれそうなことと、月基地といっても、実は月面ではなく月上空になりそうで、それを受けて仮名称も「Deep Space Gateway(深宇宙への中継基地)」となっていることを書いた。ここで問題になるのが、月上空のどこがISSの後継に相応しいかである。
2案あり、一つは月周回衛星で、もう一つは地球と月の間にある第1ラグランジュ点(月L1)だ。月周回は、月着陸や月関係の研究に便利だが、地球から見て月の裏側に入ると地球と交信できなくなる。一方の月L1は地球から常に見えて、その相対位置も安定し、月を含めた太陽系ミッションの宇宙ポートとしても最も便利な場所ではあるが、研究の目玉が少なく月との関連も弱くなる。なので、どちらになるかは私にも予想がつかない。
ここで、宇宙科学でよく出てくる「ラグランジュ点」を解説しよう。宇宙工学で使われるときの「ラグランジュ点」とは、太陽と惑星、あるいは惑星と衛星のような、主星と従星が公転運動をしているところに宇宙船を放り込んだとき、燃料無しに宇宙船と2つの星との位置関係が維持出来るような場所のことである。そこでは主従星の重力を合わせた力と宇宙船の公転運動の遠心力が釣り合う。
L1は、(遠心力を考慮した上で)「重力が釣り合う場所」と呼ばれることもある。しかし、地球—月系では、L1での重力は地球の方が月の倍以上となり、その意味では地球重力圏である。
ラグランジュ点のうち宇宙ミッションの拠点として実際によく使われるのがL1とL2だ。太陽と地球の間の第1ラグランジュ点(太陽-地球L1、月までの距離の約4倍の位置)には、1970年代より太陽や太陽風をモニターする宇宙天気予報機が複数飛んでいるし、太陽とは反対側の太陽-地球L2には、近年になって天文観測の宇宙望遠鏡がいくつか上がっており、より多くの宇宙望遠鏡ミッションが計画されている。ハッブル宇宙望遠鏡の後継も太陽-地球L2に配置される予定だ。
太陽-地球のラグランジュ点とは対照的に、地球-月系のラグランジュ点はほとんど利用されてこなかった。その最大の理由は、アポロ計画が終了して以降、月探査が下火になったからだ。それに風穴を開けたのが中国とインドだ。両国とも21世紀の宇宙大国を目指して、半ば競争するように太陽系探査に舵を切り、その手始めとして月ミッションを手がけた。中国に至っては嫦娥3号でアポロ以来37年ぶりの月面軟着陸にも成功させ、月面基地という人類の夢に世界が再起動するきっかけを作った。だからこそ米国も月面基地を作る話を再開しているし、日本も将来の「火星軟着陸」の準備として着陸ミッションを計画している。
その一環として、中国は嫦娥4号で月の裏側への軟着陸を数カ月後に計画している。地球から全く見えない位置での軟着陸は、米国やロシアすら未達成の人類初の試みだ。そこで役立つのが、月の裏側にある第2ラグランジュ点(月L2)だ。そこには、つい最近、中国が通信拠点として新しい衛星を配置した。L2という月の裏側の「点」でも地球から常時交信できるのは、そこを中心に、燃料をほとんど使わずに位置をおおむね維持出来る「ハロー軌道」があるからだ。ただし、今まで世界のどの国も、この月L2ハロー軌道を通信拠点として使ってこなかっただけのことだ。
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