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続・消費者が欲しいものは、どうすれば見つかるか

潜在マーケティングの限界を超えて

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 前稿では「ブルー・オーシャン・シフト」に触発され(題名同、ダイヤモンド社)、その要諦を「既存市場(レッドオーシャン)で競うのではなく、競争の無い新市場(ブルーオーシャン)を開拓する」とまとめた。そしていくつかの具体例を検討した。「人々の隠された欲望を探し出し、それに訴える商品を作る」。それがマーケティングの大原則で、ブルー・オーシャン・シフトも基本的にはこの線に沿っている。だがそれに敢えて疑問を呈したい、というところまで書いた。

 特にここで提起したいのは「欲望はあらかじめ存在したのか?」という問いだ。同書もこの点は掘り下げていない。

欲望はあらかじめ存在したのか?

 この問いの答えがどうであれ、過去の消費行動の理解という点では同じかも知れない。だが消費者心理を理論的に理解する上で大きな違いが出る。またこの点の理解を深めることから、これまで(失礼ながら)後付けの理解に過ぎなかったマーケティング研究を転換できるかも知れない。

拡大ヨーグルトや紅茶の味がする透明な飲料
 前稿の冒頭でふれた「透明の飲料」の話に戻る。もともとヨーグルトは不透明、紅茶やコーラも色付き半透明と決まっていて、その常識を覆したところに新しさがある。そして人々の心の底にあった潜在市場を発見した、だからこそのブルーオーシャン、というのが普通の評価だろう。だが透明なヨーグルトへの欲望が、果たして(潜在的とはいえ)「あらかじめあった」などといえるだろうか。いくら事前の顧客動向や市場調査を見ても、あるいは消費者に直接「どういう飲料が欲しいか」と聞いて見ても、「次は間違いなくこれ、圧倒的な大ヒットが予測される」という結論には至っていなかったはずだ。実際、業界の内部情報としても、研究開発のデータ・推奨に基づくのではなくて、むしろセールスに近い部門から半ば冗談のように出てきた発想だったと聞いている。

欲望の三つの層

 より精緻に考えるために、私たちはここで、こころの(そして欲望の)三つの層を区別する必要がある(なお「欲望」という語は専門用語ではない。専門用語を強いてあてれば「欲求」「動因」だが、ここではわかりやすく「欲望」を使う)。今、三つの層と言ったが、より正確には「ふたつの層と、ひとつの異なる時相」だ。まずふたつの層というのはもちろん、

(1)「意識レベルの顕在的な(=自覚し記述できる)欲望」の層
(2)「無意識レベルの潜在的な(=無自覚の)欲望」の層

 のことだ。ただそれとは別に、こころの潜在レベルにすらあらかじめ存在してはいなかった欲望も、あり得るのではないか。つまり適切なトリガー(解放)刺激やプライミング(促進)刺激を受けて、あらたに形成された(創発された)欲望のことだ。これを

(3)「トリガーされた欲望」の層

 と呼ぼう。もちろんひとたびトリガーされれば(顕在的・潜在的なこころに)「存在し」はじめる。ただトリガーさえかければどんな欲望でも花開く、というものでもない。だから当然、適切な知識や快の経験・記憶が、こころの中に構造的に準備されていることが必要だろう。

拡大透明なコカ・コーラをPRするイベント=2017年7月、東京都内
 専門的になってしまうので詳述しないが、このよりダイナミックな見方は、神経科学の新しい潮流とも一致している。いわゆる「表象主義」に対する反表象主義、意識についての「存在論」に対する機能論などがそれだ。

 ところがよく考えると、上記(2)の「潜在レベルの欲望」と、(3)の「あらたにトリガーされた欲望」の区別は、実は難しい。「現にヒットしたのだから、あらかじめ潜在的な欲望はあったのだろう」。これがマーケティングの普通の考え方だ。だが典型的な「後付け再構成(ポストディクション)」のメンタリティーと断罪せざるを得ない。

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筆者

下條信輔

下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。

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