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葬られる福島第一原発の事故調査報告書

原因究明と再発防止の提言は、ほとんど無視されたままだ

伊藤隆太郎 朝日新聞記者(科学医療部)

 3基の原子炉が相次いで炉心溶融(メルトダウン)を起こし、大量の放射性物質を環境中へばらまいた東京電力福島第一原子力発電所の大事故。16万人を超す住民が避難生活を強いられ、農漁業をはじめとする産業に深刻な打撃を与えてきた史上最大級の原子力災害をめぐっては、いくつもの事故調査委員会がつくられた。主なもので四つあり、それぞれ政府事故調、国会事故調、民間事故調、東電事故調と略称されている。

 事故から7年。多大な時間と労力を費やされた各事故調の「報告書」はその後、どんな扱いを受けてきたのか。日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)のメンバーとしてこのほど、それぞれの事故調委員長らにインタビューをした。要旨はJASTJがウエブサイトで公開している。

 このインタビューで異口同音に語られたのは、報告書の提言がほとんど生かされず、放置されたままになっている現状への怒りや苛立ちだ。事故の責任もあいまいにされたまま、なし崩し的に原発再稼働が進むことへの危機感もにじむ。

7提言のうち、6つが無視され…

 国会事故調は、法律にもとづいて設けられた唯一の調査委員会だ。日本学術会議の元会長で東大名誉教授の黒川清さんが委員長を務め、2011年12月に発足。1167人からのべ900時間超の聴取をして、翌年7月に報告書をまとめている。

拡大インタビューに応える国会事故調の元委員長、黒川清さん
 600ページにのぼるその最終報告書は、提言として「国会の監視」「危機管理体制の見直し」「法規制の見直し」など7項目を挙げている。では、このうちいくつが実現しているのか。

 「一つだけだ」。元委員長の黒川さんは明確に答えた。7提言のうち第1提言の「国会の監視」については、専門家ら7人からなるアドバイザリーボード(諮問委員会)が衆議院に設置され、会合も持たれたという。

 だが、わずかにこれだけ。大半の提言が無視された背景に、悪しき日本文化があると黒川さんは言う。「日本人は物事にきっちり決着をつけて前に進むことができない。この状況は原発事故でもまったく変わらなかった」

 国会事故調の報告書は、原発を規制する側の行政機関が、規制される側である電力会社に支配される「規制の虜」に陥っていたことを指摘し、注目された。だが事故後、新たに原子力規制委員会が発足するなどしたが、「官僚機構の本質は変わらない」と黒川さん。かつて規制する側であった当時の原子力安全・保安院の責任も問われていない。

 その責任の一端がジャーナリズムにあると、黒川さんは指摘する。「権力監視が必要なのに、日本ではジャーナリズムが機能していない」。提言がきちんと反映されるかを監視することこそジャーナリズムの役割であると、私たちへの課題を厳しく突きつけた。

事故の再現実験もできず

 一方、政府事故調は内閣の閣議決定に基づいて2011年5月に設置された。失敗学で知られる東大名誉教授の畑村洋太郎さんが委員長を務め、翌年7月に最終報告書を提出している。772人から1479時間のヒアリングをしているが、国会事故調とは異なり、ヒアリングは原則非公開だった。

拡大インタビューに応える政府事故調の元委員長、畑村洋太郎さん
 この政府事故調の特徴は、霞が関の各省庁からスタッフが送り込まれ、実務を担ったことだろう。これで政府が持つ膨大な情報を集めやすくなった半面、官僚の監視下で調査が進められ、いわば「官製報告書」となった面がある。

 国を挙げての調査だったにもかかわらず、畑村さんの不満は大きい。インタビューでこう吐露した。「事故調の委員を頼まれ、『事故原因の究明には再現実験が必要だ』と言ったら、『そんな予算はない』と言われた。これでまともな原因究明などできるわけがない」

 政府事故調も多くの提言をしたが、畑村さんは「非常に初歩的なところができただけ」と振り返る。やはり提言のほとんどは無視された。そして、「もっと時間をかけて、違う視点を入れて調査することを国民も期待している」と、引きつづき調査の継続を訴えたが、かなえられていない。

 なぜ、こうなったのか。畑村さんは答える。 ・・・ログインして読む
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筆者

伊藤隆太郎

伊藤隆太郎(いとう・りゅうたろう) 朝日新聞記者(科学医療部)

1964年、北九州市生まれ。1989年、朝日新聞社に入社。筑豊支局、西部社会部、AERA編集部などを経て、2016年から科学医療部。

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