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ちょっと待って水産庁、マグロ漁獲枠拡大は早すぎ

世界最大の生産国かつ消費国として、一般市民の共感も得られる主張を

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

 太平洋クロマグロ(本マグロ)が、日本の漁業を変えつつある。絶滅してしまうかもしれないという事態を受けて、全国津々浦々まで厳格な数量管理をする「漁獲枠方式」が導入されたのである。「捕れるだけ捕る」という「身勝手漁業」(私の命名です。WEBRONZA2017年6月1日「『身勝手な漁業』はもうやめませんか」)は終わり、「捕っていい量だけ捕る」漁業へと脱皮が進んでいるわけだ。北欧などでいち早く取り組まれてきた「21世紀型漁業」への転換が、ようやく日本でも始まったと言える。

競りにかけられた生クロマグロ=2018年6月12日、境港市昭和町、杉山匡史撮影

 魚の数を把握し、減りすぎないように計画を立て、漁をする時期や漁獲量を管理するのが「21世紀型漁業」だ。こう説明するのは簡単だが、海岸近くの沿岸漁業と海に出て魚を追いかける沖合漁業では漁の方法も規模も大きく異なり、多様な漁業者を全国レベルでまとめるのは相当な難事業である。マグロ漁の基地は長崎県壱岐や青森県大間をはじめ全国に広がる。これまでなかった規制を受けることに、漁師から不満は当然出てこよう。

 太平洋クロマグロの保護については26の国・地域が協力する条約を結び、「中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)」でルールを決めてきた。日本近海の具体的なルールは、日米韓など10カ国・地域が参加する「北委員会」で議論され、親魚を「2024年までに60%以上の確率で4万3000トンまで回復させる」という「暫定回復目標」が2014年に合意された。日本は翌年から「自主管理」という形で漁獲枠を導入、今年から法に基づく制度に移行した。

 WCPFCの話し合いは定期的にあり、2017年には「暫定」よりレベルの高い「次期回復目標」が合意された。次の「北小委員会」は福岡で9月3日から開かれる。ここで水産庁は日本の漁獲枠の15%増加を提案すると朝日新聞8月4日朝刊で知り、私はびっくりした。いや、ここで枠を緩めるのは国際的にも国内的にも「悪手」なのではないか。

農林水産省前でクロマグロの漁獲規制見直しを訴える漁業者ら=2018年6月25日、山村哲史撮影

 水産庁は国内の漁業者のために枠を少しでも広げなければと考えているのだろう。確かに枠が少ないという不満は出た。今年6月には、漁獲規制の見直しを求めるデモもあった。だが、唐突に降ってきた制約に対する困惑という面も大きく、説明が不十分だったことは水産庁も認めている。一部の沿岸地域で定置網漁(その場にやってきた魚をまとめて捕る、昔ながらの漁法)に小型マグロが大量に入って漁獲枠を大幅に超えてしまい、そのせいでほかの地域も操業自粛を求められたことが大きな反発を呼んだのだ。「ヨソがたくさん捕ったから、あなたはもう捕っちゃダメ」と言われたら、誰だって怒り出すだろう。一方で、世界最大の生産国かつ消費国としてマグロに対して責任を持つという心意気は誰もが持つ。だからこそ何だかんだ言いつつこれまで3年間、国全体としての漁獲枠はほぼ守られてきたのである。

 水産庁は、配分方法に対する異議申し立てを丁寧にくみ取り、より納得感のある制度にしていく最中にある。それこそが大事で、「少しでも日本の枠を広げる」ことに執心するのは、むしろ「マグロを守る」気持ちに水を差すものだと感じる。資源管理に対する理解を広げるブレーキともなってしまうのではないか。

 もっとも、日本政府の提案は国際ルールにのっとったものではある。次期回復目標が合意された昨年暮れのWCPFCで、

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