病気の遺伝子は修復できたか……見方は分かれ、再現実験も困難
2018年09月03日
昨年8月、「『ヒト受精卵にゲノム編集』で何が起きたのか」で伝えたように、米オレゴン健康科学大学のショウクラット・ミタリポフらはヒト受精卵にゲノム編集を行い、ある病気の原因となる変異遺伝子を正常な遺伝子に置き換えることに成功した、と『ネイチャー』で報告した。しかし米コロンビア大学のディエター・エグリなど複数の専門家から、遺伝子を置き換えたのではなく削除しただけではないか、と批判された。
エグリらの批判は、論文になる前のプレプリント(原稿)として示された。ミタリポフは「数週間以内に返答する」と述べていた。ようやく今年8月、エグリらのものを含めて、ミタリポフらの主張を批判する記事2件が『ネイチャー』に掲載され、ミタリポフらによる反論も同時に掲載された。
ミタリポフらは、有名なゲノム編集ツール「CRISPR/Cas9(クリスパー・キャス9)」を使って、肥大性心筋症という心臓病の原因となる変異遺伝子を正常な遺伝子に置き換えようとした。彼らは、変異遺伝子を持つ男性の精子を健康な女性から提供された卵子に顕微授精するさい、クリスパー・キャス9のキットと正常遺伝子をいっしょに送り込んだ。その結果できた58個の胚のうち42個がゲノム編集されていたという。ゲノムが編集された細胞とされなかった細胞が1個体の中で混在してしまう「モザイク」という現象が起きた胚は、わずか1個だったとしている。
しかしエグリらは次のように指摘した。
今年8月、このエグリらの批判は査読を通って『ネイチャー』で発表された。エグリらは、さまざまな修復結果を区別するために信頼できる解析法が必要だと強調している。同誌にはアデレード大学(オーストラリア)のポール・トーマスらの記事も掲載され、マウスを使った同じような実験でもクリスパー・キャス9が受精卵のDNAに「大規模な削除(large deletions)」をしたとしている。トーマスらは「臨床に応用されれば、悲惨な結果につながる可能性がある」と警告している。ほかにも先月、英国のサンガー研究所のグループがヒト網膜色素細胞などにクリスパー・キャス9でゲノム編集を試みたところ、「大規模な削除」が観察されたと報告した。
これらの批判に対してミタリポフらは、そうした「大規模な削除」を検出できる方法で胚のDNAを再解析したところ、「削除」は見つからず、ゲノム編集された胚には卵子から転写されたと思われる正常遺伝子が観察された、と反論した。また『ネイチャー・ニュース』などの取材に対して、肥大性心筋症の原因となる別の遺伝子も卵子の正常遺伝子によって修復されたと話した。ただし、新しい正常遺伝子をなぜ胚が受け入れないかはまだわからない、という。
また、米マサチューセッツ工科大学のグループがマウスの胚を使って実験した結果でも、卵子由来の正常遺伝子が変異遺伝子の置き換えに貢献したことが示されたという。これもミタリポフらの主張を支持するだろう。
『STAT』や『MITテクノロジー・レビュー』のような科学メディアでも、多くの専門家らの賛否両論が紹介された。それらによると、ミタリポフらの新しいデータを知ったエグリは、いくつかの胚についてはミタリポフの主張通りにゲノム編集で遺伝子が修復された可能性があることを認め始めたようだ。
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