不正の背景に、数値目標を悪用する意図は隠れていないか?
2018年09月14日
国が障害者の雇用数を実情のほぼ倍に水増ししていたことが明るみに出た。このニュースを聞いた時、自身が要介護身障者の私は、複数の違和感を持った。国には2.5%(2018年3月までは2.3%)という法定雇用率が課せられているが、その数字はどこから来たのか? なぜ数値目標を必要とするのか? そして、雇用率に算入できる障害者の範囲についてのガイドラインは適切なのか?
これらの違和感は、スウェーデンと日本の福祉の違いを差し引いても残るもので、より一般的な国民性の違い、例えば「数値を定めること」への関係者の反応の違いなども関係しており、違和感の根本にあたる部分を正確に伝えるのは難しい。それを承知で感想を述べたい。
今回の「組織的不正」で一番はじめに抱いた違和感は、2%超という数字の大きさだ。グラフに示すように法定雇用率は年々高くなり、今年4月からは民間企業が2.2%、国や自治体は2.5%となっている。これらは福祉国家として知られるスウェーデンでも簡単には実践できない。
研究所員の総数は終身職が70~80人、大学院生やポスドクなどを含めても100人程度だから、障害者の所員が1人では1%強にしかならない。比率が低いのは研究所だけではない。大学などを訪問しても身障者の職員はあまり見かけない。こうしてみると、2.5%という数字がいかに高い値であるかが分かる。「努力目標」とするなら意味があるが、ノルマとしては無意味だ。
スウェーデンには始めから障害者雇用率などという目標がない。雇用率で数値になっているのは、男女比が6:4より外れてはいけないという全職場への義務だけだ。これは義務だから、研究所の年次報告にも男女比に関する記述が載る。しかし障害者関係の数値は一切載らない。そもそも身障者は数が少なく、「たまたま、その身障者に適した業務があった」というレベルの偶然により雇用率が倍にも半分にもゼロにもなってしまうから、年次報告などに書くのはいたずらに混乱を増やすだけだろう。
大切なのは障害者が個々人の能力を発揮できる職業に就く機会や、潜在能力を有効に引き出す教育を受ける機会が、他の人と平等に与えられることであり、障害者でも出来るような職務を確保することである。日本では数字にとらわれて、こういう本質的な所がなおざりになっている気がする。
障害者のための雇用対策が出来ていれば、数値目標どころか、採用の際の障害者特別枠などというものも不要だ。これは女性枠なども同じだろう。現にスウェーデンでは、これらの特別枠は無い。そのかわり公務員、会社員を問わず、新規採用時の「平等な審査」が徹底している。
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