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はやぶさ2の着陸成功が示す「2度挑戦する意義」

しかし軍事衛星を優先する宇宙政策で、今後の再挑戦ミッションは不可能か

山内正敏 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

 はやぶさ2の地表探査機「ミネルバⅡ」が小惑星への着陸し、2個のウサギ型移動ユニットが世界で初めて小惑星表面での移動探査を実現した。2005年のはやぶさのサンプル採取からさらに一歩進んだ快挙であり、関係者の努力を祝福したい。

2度行く科学的意義

 対象の小惑星は、太陽系当初の姿を維持していると良く言われる。というのも、原初太陽系で惑星が生成するには、その前に、微小な塵が何らかのメカニズムで小惑星の大きさに成長する必要があるからだ。その多くはさらに合体と破壊を繰り返しつつ最終的に惑星の一部となったが、余った小惑星も多いはずだ。それらが重力の関係で小惑星帯のような場所に溜まったと考えられる。

太陽系の惑星や小惑星帯
 そんな小惑星の全てが、地球等の固体惑星に使われた小惑星と同じ組成かは分からない。でも固体惑星と共通点はあるはずだ。だからこそ調べる価値が高い。というのも、現実の惑星はいったん融けて金属のような重い物質が下に沈み、もとの組成が分からなくなっているからだ。その点、小惑星は太古の面影を残している。

 一概に小惑星といっても、望遠鏡で分光観測をすると千差万別で、大雑把な分類だけでも惑星の数を超える。私が学生の頃(38年前)ですら、ほぼ岩石(Stone=主にケイ酸化合物)だけからなるS型の小惑星、それより少し炭素(C)の多いC型の小惑星、その他の3種に大きく分けられると、一般教養の授業で習ったものだ。分光技術の発達で分類も細かくなり、未だに分類法に関する新規論文が出ているほどで、素人目にはカオスな状態だ。

 それが望遠鏡での研究の限界だ。他の手がかりとしては隕石があり、それで「その他」の小惑星に金属比率の高いものがあると知られるようになったが、隕石はどこから来たのか分からないうえ、石ころと区別しにくいものもある。だからこそ、現物を調べる必要がある。ただし、種類が多いのが問題で、全体像をきちんと押さえるためだけでも、米国と欧州と日本で分担しても調べきれないほど多くの小惑星を現地調査しなければならない。

リュウグウを目指すはやぶさ2の想像図=JAXA提供
 小惑星の組成にいろいろ種類があるということは、それらが主成分と思われる惑星の組成も、小惑星の組み合わせ次第で変わるということだ。組成の違う小惑星は、原初太陽系での位置(太陽からの距離)が異なっていただろうから、それの比率を反映する惑星本体の組成も異なると考えるのが自然だ。それは、その後の45億年の惑星の進化にも影響しただろう。

 小惑星には多くの種類があるが、幸い、小惑星帯に限れば、上記の3種類の大枠で大多数を網羅できる。しかもC型とS型では、生成場所にも木星以遠と小惑星帯との違いがあると類推され始めている。だからこそ、「はやぶさ」で岩石質のS型小惑星を調べたあとに「はやぶさ2」で炭素質と分類されるC型小惑星を調べている。金属質の小惑星も米国が探査する予定だ。はやぶさ2は単なる「日本の宇宙技術のプライド」をこえて、科学にしっかりと寄与しているのである。「はやぶさ」だけでは足りないのだ。

2度行く技術的意義

 技術的な野心がある中国のミッションでは、始めから「2度行く」ことを予定している。日本だって1980年代までは同じ系譜の次のミッションが比較的素早く組まれていた。当時は打ち上げロケットも小さく、人工衛星による観測も世界の先端から遅れており、似たような軌道の似たような目的で衛星を打ち上げるしかなかった。

はやぶさ2が高度約64mで撮影したリュウグウ=JAXA、東京大など提供
 人工衛星による観測が世界レベルに追いついたのは、ミュー3SII型ロケットで彗星訪問に成功した80年代後半で、この彗星探査も「さきがけ」「すいせい」の2本立てだった。たまたま両方とも成功したが、いつもそうなるとは限らない。新規の挑戦にはバックアップが必要なのである。ボイジャー計画だって2機編成だったし、旧ソ連も惑星探査などは複数編成だった。

 バックアップの必要は、はやぶさでも明らかだろう。今回の着陸成功の裏には、13年前のはやぶさ計画での教訓がある。そのはやぶさによる世界最初のサンプルリターンの成功も、その裏には、火星周回軌道への投入に失敗した探査機「のぞみ」の教訓がある。通信が途絶えても、最低限の細い通信線で回復を試みることができる余裕(工学用語で冗長系と呼ぶ)を加えたからこそ、はやぶさは通信途絶と各種故障という絶体絶命を生き延びたのだ。のぞみにも同じ機能があったなら、火星に到達して各種の世界初観測に成功していたに違いない。

 金星探査機あかつきだって、のぞみの失敗の上に立っている。失敗の主因であるメインエンジンの弱点こそ完全には克服できなかったが、それを回避する形で軌道投入に挑んで成功し、既に当初計画の2年を超える観測を続けている。不完全ながらも一応の成功を得るには2度挑戦する必要があったのである。となれば、はやぶさにだって、始めからバックアップがあってしかるべきだ。そもそも、はやぶさ自体が「工学試験」であって、成功裏には「本番」が飛ぶのが前提だった。

軍事予算に圧迫される宇宙科学

 しかし、そういうバックアップの考え方は、2000年代に入って不可能となっている。最大の理由は予算的制約だ。今の日本で計画されるような宇宙科学ミッションはどの分野も世界最先端を切るものなので、いかなるバックアップも「なぜ前回より少ししか成果が増えないのに同じことを2度もするのか?」と切り捨てられるのだ。

 この予算的制約は、日本の宇宙政策の貧困さがその根底にある。本来なら「世界に追いつくまでの準備期間」と「世界の先端に出たあとの開花期間」では、投入予算は大きく変わるべきである。しかし、日本政府にそういう発想はない。それどころか、情報収集衛星という肥大部署を含めて宇宙予算を考えているので、軍事以外がひもじくなっている。

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