こうした免疫療法は、上記のもののほかにもいくつもあります。では、なぜこうした「免疫療法」が保険医療として定着しなかったのでしょうか? それは理屈で考えたほどの効果を上げることができなかったからです。
「免疫療法」と聞くと、体に負担が少ないという印象を持つ方が多いでしょう。確かに三大療法には利点と引き換えに欠点があります。
「外科療法」では臓器の一部やすべてを失うリスクがあります。また全身に散らばったがんに対してはほとんど効果がありません。
「化学療法」は血液に乗って薬が全身に行き渡りますが、強い副作用があります。嘔吐や脱毛はまだ命に関わらないので許容範囲かもしれませんが、骨髄抑制で血小板が急激に減少すると命を失う可能性があります。また重篤な感染症に罹る危険もあります。
「放射線療法」は基本的に「外科療法」と同じ位置づけになり、局所の治療にしか効果がありません。
三大治療に限界を感じた研究者たちが「免疫療法」に新たな展望を見出そうとしたことは自然な流れだったと思います。どんな研究者だって人類の幸福に貢献したいと考えますので、丸山ワクチンを開発した丸山先生も、活性化リンパ球療法を考案した先生も、志は本庶先生と同じだったと言えます。基礎研究が臨床に応用できるか否かは、つまるところ結果がすべてなのです。
分かりやすい例を挙げましょう。最もタチの悪い小児がんである神経芽腫には、サイクロフォスファマイドとシスプラチンがよく効きます。なぜ、効くと分かったのでしょうか? それには理由があります。患者から取り出した神経芽腫の細胞をマウスの皮下に注射します。するとマウスは、がんを持ったマウスになります。やがて神経芽腫は皮下から肝臓や骨髄に転移して、マウスは死に至ります。
その前に、いろいろな種類の抗がん剤を注射してみるのです。こうしてサイクロフォスファマイドとシスプラチンは、神経芽腫を縮小させると分かりました。ところが話はそう簡単ではありません。ダカルバジンという抗がん剤も神経芽腫を植えたマウスに対して強い効果を持ちます。このため、かつて日本全国で神経芽腫の子どもたちにダカルバジンが投与されていました。ところが、この薬はがんを抑える効果がほとんど無かったのです。
実はこうした例は枚挙にいとまがありません。シャーレ(培養皿)の中で、あるいは、マウスを使った実験で、がんが消えてしまう研究報告はいくらでもあります。ところがそれを人体に応用すると、同じような結果が得られないのです。
科学発展のための3つのステップ
科学を発展させるためには、3つのステップが必要になります。まずは、個人の「観察・経験」です。丸山先生が、結核患者にがんが少ないことを「観察」して、結核菌抽出物を丸山ワクチンとして開発したのはこれに当たります。
次は「理屈・理論」です。リンパ球はがんを攻撃しますし、
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