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自然科学が足りない日本の土砂災害対策

適切な治山・砂防施設の設置と強い森林づくりの一体化を

山寺 喜成 元信州大学農学部教授、「農山村を災害から守る会」会長

 

 この夏は、巨大な自然災害が相次いだ。長年「山地防災」や「自然修復」の実証的研究を続けてきた筆者は、現在一般的に行われている土砂災害対策が自然科学的対応に乏しく、発生後の復旧対策にかたよっていることを憂慮している。事前の予防対策をもっと進め、従来の治山・砂防施設だけに頼らず土砂崩れに強い森林を造ることに力を入れる体制に転換すべきだと訴えたい。

 土砂災害から生命や財産を守る防災力には、二つの面がある。一つは自然科学的な「地域の自然環境がもつ防災力」であり、もう一つは社会科学的な「住民と地域社会の防災力」である。

 どちらの防災力を高めるにも、まず、土砂災害の発生メカニズムを究明する必要がある。発生源になりそうなところは地形を見れば比較的容易に推測できる。この発生源を表示した防災マップを作ることが肝心である。さらに、そこから崩れ落ちる可能性のある土の層(風化土層)がどのくらいの厚みでたまっているかを電気や電磁波などを利用した地質調査や簡易ボーリングなどで把握して、危険度を判定する。危険性が高いと判定されたところでは土石流シミュレーションをし、下流への影響を検討する。

土砂災害の発生過程。崩壊危険箇所が発生源で、その下の谷筋が土石流エネルギーの増幅域となる。その下流が被災域だ。

 こうした科学的な事前調査がほとんど行われていないのが、現在の土砂災害対策の大きな問題点である。

 本来は事前調査をしたうえで、緊急度の高いところから適切な砂防堰堤(えんてい)を造るなどの対策を進めなければならない。同時に自然科学的な対応として忘れてならないのは、森林の強化である。根が地中奥深くに伸長する直根を持った木は表層の土が流れてきても踏ん張ることができる。こうした根が地下でネットワークをつくっている森林は崩壊を食い止める力を持つ。逆に根が弱い木は、土砂と一緒に流れて流木として被害を増大させる。このような弱い森林を強い森林に転換していかなければならない。これには時間が必要だが、年月がたてばコンクリート製堰堤よりも強い防災力を持つようになる。

土石流の発生源を表示した防災マップ。筆者が主宰する「農山村を災害から守る会」が作ったものの拡大図。これを元に、辰野町が新しい防災マップを作った。

 社会科学的な対応についても、事前調査が役に立つ。地元の地形の危険箇所と土砂崩れが起きるメカニズムについて住民が理解すれば、防災意識は向上する。それは適切な避難行動にもつながるだろう。長野県辰野町が2006年に土砂災害が生じた小野地区において「土石流発生源を加えた新しい防災マップ」を自治体として全国で初めて作成し、2016年1月に公表して住民の防災意識の向上に努めたことは他の自治体の参考になるだろう。

 2018年7月に西日本各地をおそった豪雨により、広島市安佐北区、広島県坂町などで4年前と同様の土石流災害が生じた。呉市や東広島市の土石流の発生地においても同様である。広島大学地理学グループの調査によれば、広島市南部に発生した崩壊箇所は5,000箇所以上に及ぶとのこと。もし、事前に、土砂災害警戒区域の上流に存在する崩壊危険箇所の抽出が行われていれば、土砂災害の発生を抑制する対策を講じることが可能であったと考えられる。土砂災害に対する自然科学的な対応の遅れを感じざるを得ない。

 7月23日の朝日新聞によれば、「土砂災害による広島県の死者の7割弱が警戒区域内で発見された」とのことである。県の担当者は「指定が避難行動につながっていなかった」と反省している。この報道は、一見、(1)警戒区域指定の有用性の肯定的な評価と、(2)地方自治体の責務の問題、と映るが、更に大きな二つの問題を示唆している。

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