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宇宙膨張の法則は「ハッブル・ルメートルの法則」

天文学者たちの投票で「ハッブルの法則」からの変更が決まった

須藤靖  東京大学教授(宇宙物理学)


拡大8月の国際天文学連合での採決=IAU/M. Zamani
 3年おきに開かれる国際天文連合(International Astronomical Union、以降、IAU)の総会が、2018年8月20日から31日までオーストリアのウィーンで開催された。そこで意外な提案がなされ大きな議論となった。天文学でよく知られている「ハッブルの法則」を、「ハッブル・ルメートルの法則」と呼ぶことを推奨するという決議案である。これはIAU執行部から提案されたもので、会期中の議論を経て、10月4日付でIAU全会員に宛てて電子投票の依頼が届いた。締切は10月26日で、29日に発表された結果は、賛成78%、反対20%、留保2%(投票を持つ会員数は11072で、その37%にあたる4060人が投票した)で、可決された。つまり、今後は「ハッブル・ルメートルの法則」がIAU推奨の呼び方となる。予想以上の高い投票率で、会員の関心の高さがうかがえた。

 実は私は今回のIAU総会には出席しておらず、8月20日に某新聞の科学部記者からの取材依頼の留守電を聞いて初めて提案を知った。そして私が依頼された理由は、2011年9月15日と11月29日の本欄で、「消された歴史―宇宙膨張、本当の発見者は?」、「謎はまだ残る―続・宇宙膨張の発見者」という二つの原稿を書いていたからなのだ(さらにその経緯を詳しくまとめた文章を日本物理学会誌に書いた。これは拙著『宇宙人の見る地球』=毎日新聞出版社=に「ハッブルかルメートルか: 宇宙膨張発見史をめぐる謎」として再掲されているので、興味があれば是非お読みいただきたい)。というわけで、本欄でこの事態を報告する義務があるような気がしている。

我々から遠ざかる銀河の速度と銀河までの距離に比例関係

 まずは歴史的経緯を紹介しておこう。米国のエドウィン・ハッブルは、複数の銀河が我々から遠ざかる速度とその銀河までの距離をグラフにしたところ、それらに比例関係があるとする論文を1929年に出版した。

拡大ハッブルの原論文で示された遠方天体の距離−速度関係
 この関係式が有名な「ハッブルの法則」で、現在では宇宙が膨張している観測的証拠として知られている。ところが実は、ベルギーのカトリック神父で宇宙論の研究者でもあったジョルジュ・ルメートルが1927年に同じ関係式を発表していた。原論文はフランス語で、しかもほとんど知られていない雑誌に出版されたのだが、1931年にその英訳版が英国王立天文学会月報に再掲載されている。

 これだけなら「ふーん、なるほど。ま、ありがちな話だね」程度かもしれない。このように、最初の発見者とは別の人の名前が冠されている科学的業績の例は数多く、「スティグラーの法則」と呼ばれている。ためしに英語のウィキペディアでList of examples of Stigler's lawを検索してほしい。そこには、「スティグラーの法則」を最初に提案したのは、(スティグラーではなく)ロバート・メルトンであると記されている。

 しかしルメートルの件は、さらに複雑である。1931年の英訳版からは、フランス語原論文に明記されていた関係する数式、説明、脚注がすっかり削除されているのだ。

数式や脚注を誰が削除したのか?

 私も含めて多くの科学者は、 ・・・ログインして読む
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筆者

須藤靖

須藤靖(すとう・やすし)  東京大学教授(宇宙物理学)

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。1958年高知県安芸市生まれ。第22期・第23期日本学術会議会員。主な研究分野は観測的宇宙論と太陽系外惑星。著書に『ものの大きさ』、『解析力学・量子論』、『人生一般二相対論』(いずれも東京大学出版会)、『一般相対論入門』(日本評論社)、『三日月とクロワッサン』、『主役はダーク』『宇宙人の見る地球』(いずれも毎日新聞社)などがある。

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