須藤靖(すとう・やすし) 東京大学教授(宇宙物理学)
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。1958年高知県安芸市生まれ。主な研究分野は観測的宇宙論と太陽系外惑星。著書に、『人生一般二相対論』(東京大学出版会)、『一般相対論入門』(日本評論社)、『この空のかなた』(亜紀書房)、『情けは宇宙のためならず』(毎日新聞社)、『不自然な宇宙』(講談社ブルーバックス)、『宇宙は数式でできている』(朝日新聞出版)などがある。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
天文学者たちの投票で「ハッブルの法則」からの変更が決まった
実は私は今回のIAU総会には出席しておらず、8月20日に某新聞の科学部記者からの取材依頼の留守電を聞いて初めて提案を知った。そして私が依頼された理由は、2011年9月15日と11月29日の本欄で、「消された歴史―宇宙膨張、本当の発見者は?」、「謎はまだ残る―続・宇宙膨張の発見者」という二つの原稿を書いていたからなのだ(さらにその経緯を詳しくまとめた文章を日本物理学会誌に書いた。これは拙著『宇宙人の見る地球』=毎日新聞出版社=に「ハッブルかルメートルか: 宇宙膨張発見史をめぐる謎」として再掲されているので、興味があれば是非お読みいただきたい)。というわけで、本欄でこの事態を報告する義務があるような気がしている。
まずは歴史的経緯を紹介しておこう。米国のエドウィン・ハッブルは、複数の銀河が我々から遠ざかる速度とその銀河までの距離をグラフにしたところ、それらに比例関係があるとする論文を1929年に出版した。
この関係式が有名な「ハッブルの法則」で、現在では宇宙が膨張している観測的証拠として知られている。ところが実は、ベルギーのカトリック神父で宇宙論の研究者でもあったジョルジュ・ルメートルが1927年に同じ関係式を発表していた。原論文はフランス語で、しかもほとんど知られていない雑誌に出版されたのだが、1931年にその英訳版が英国王立天文学会月報に再掲載されている。
これだけなら「ふーん、なるほど。ま、ありがちな話だね」程度かもしれない。このように、最初の発見者とは別の人の名前が冠されている科学的業績の例は数多く、「スティグラーの法則」と呼ばれている。ためしに英語のウィキペディアでList of examples of Stigler's lawを検索してほしい。そこには、「スティグラーの法則」を最初に提案したのは、(スティグラーではなく)ロバート・メルトンであると記されている。
しかしルメートルの件は、さらに複雑である。1931年の英訳版からは、フランス語原論文に明記されていた関係する数式、説明、脚注がすっかり削除されているのだ。
私も含めて多くの科学者は、