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トランプ政権が踏み込む「核戦争リスク」

中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄する米国は、どんな代償を払うか

鈴木達治郎 長崎大学 核兵器廃絶研究センター(RECNA)センター長・教授

 2018年10月20日、米トランプ政権は、ロシアに対しINF(中距離核戦力)全廃条約を破棄する旨の声明を発表し、ロシア政府にも後日その意図を伝えたと報じられた。北朝鮮との非核化交渉を進める中で、なぜトランプ政権はこのような暴挙ともいえる政策を発表したのか。今後の核軍縮や核の傘に依存する欧州や北東アジアの安全保障に与える影響はどうか。そして、特に被爆国である日本はどう対応すべきか。依然流動的な情勢のなかで、冷静な対応策を検討してみる。

INF条約の歴史的意義

拡大米国のレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長は1987年、INF全廃条約を結んだ

 そもそもINF条約の意義を我々はどれだけ知っているだろうか。1970年代半ばに、旧ソ連が欧州にSS-20という新たな欧州全域を対象とする中距離ミサイル(500〜5500km)を配備したことがきっかけで、この中距離核戦力問題が顕在化した。これに対し、米国も同様の中距離ミサイルを欧州に配備する一方、NATOからの要請もあって旧ソ連と中距離ミサイル配備を制限すべく交渉を続けた。その転機が来たのが、ゴルバチョフ書記長の登場であり、レーガン大統領との間で1987年、歴史的なINF条約が署名された。その意義は大きく次の2つに集約される。

  1. それまでの米ロ交渉は、「核軍備管理」交渉であり、現実に配備された核兵器を削減・廃棄することを義務付けたのはこの条約が初めてであった。具体的に言えば、地上発射型中距離ミサイルの全廃を義務付けたため、米・ロ(旧ソ連)は合計で、2,692発ものミサイルを廃棄したのである。この「核軍縮」交渉の成功が、その後のSTART(戦略兵器削減条約)につながったのは間違いがない。

  2. INF条約のもう一つの画期的な内容は、現地査察も含む詳細な検証措置を義務付けたことである。「信頼せよ、されど検証せよ」という有名なレーガン大統領の言葉は、そもそもロシアのことわざといわれているが、まさにINF条約によって、米国と旧ソ連間の検証措置が初めて明文化されたのである。それまでの核軍備管理交渉では、それぞれが偵察衛星等で取得した情報を相互交換して確認しあうことはできたものの、現地査察のような検証措置はとられていなかった。この検証措置の義務化も、その後の米ロ軍縮に大きな経験と信頼性を与えた。

 これにより、欧州における「核戦争」のリスクは大きく削減され、冷戦後も米ロ間の核軍縮交渉を加速化させる役割を果たした。INF条約は、長い核兵器の歴史の中で、まさに「パラダイムシフト」を呼べる画期的な条約だった。

条約破棄の背景とその意図

 ではなぜ、米トランプ政権はこのような画期的な条約を破棄することを発表したのだろうか。直接の要因として、トランプ大統領やボルトン国家安全保障補佐官は、「ロシアがINF条約違反を犯している」ことを第一に挙げている。次に「INF条約に参加していない中国が、中距離核戦力を高めている」ことを挙げている。

拡大軍事博物館に展示されている旧ソ連時代の中距離核ミサイル「SS-20」=2017年6月、キエフ、松尾一郎撮影
 これらロシアや中国の核戦力が米国自体の核抑止力、さらには欧州や北東アジアの「核の傘」を弱体化することにつながる、との見解は、すでにトランプ政権の新たな「核態勢の見直し」(2018年2月)で述べられており、必ずしも新しい見解ではない。オバマ前政権も、ロシアと中国の核戦力の増強には懸念を表していたものの、それに対抗する抑止力は、INF条約を維持していても、海上や航空機搭載のミサイル、さらには拡大した通常兵器で十分に対抗できる、と判断していたのである。むしろ、INF条約を破棄して、新たな核軍拡競争をもたらすことの方が安全保障にとって悪影響を及ぼすとの判断であった。

 トランプ政権の「核態勢の見直し」を見ると、抑止力そのもの詳細な分析に基づく政策というより、INF条約破棄の真の意図として、新たな核兵器の開発、とくに「多様な脅威に対応できる使用しやすい核兵器の開発」がある。「多様な脅威」については、ロシア、中国、北朝鮮の核兵器のみならず、他の大量破壊兵器や通常兵器、さらにはテロリズム、巨大インフラを対象としたサイバー攻撃による脅威に対しても、核兵器で対応するといった内容を含んでおり、核兵器の役割増大を強調していた。これも「核兵器の役割を減少させ、新たな核兵器の開発は行わない」としていたオバマ政権における核政策の180度転換であり、INF条約の破棄はそのためにも必要と考えたと思われる。

 トランプ政権のもう一つの問題は、ボルトン補佐官の考えに大きく影響を受けていると思われるが、「多国間枠組みに対する不信」である。イラン核合意や気候変動条約からの撤退など、トランプ政権がこれまでの国際的な合意や枠組みに大きな衝撃を与えていることも忘れてはならない。 ・・・ログインして読む
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筆者

鈴木達治郎

鈴木達治郎(すずき・たつじろう) 長崎大学 核兵器廃絶研究センター(RECNA)センター長・教授

長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)センター長・教授。1951年生まれ。75年東京大学工学部原子力工学科卒。78年マサチューセッツ工科大学プログラム修士修了。工学博士(東京大学)。マサチューセッツ工科大エネルギー環境政策研究センター、同国際問題研究センター、電力中央研究所研究参事、東京大学公共政策大学院客員教授などを経て、2010年1月より2014年3月まで内閣府原子力委員会委員長代理を務め、2014年4月より現職。またパグウォッシュ会議評議員を2007~09年に続き、2014年4月より再び務めている。

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