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国民の健康増進につながるプラセボの利用価値

健康食品に秘められた大きな効果を、積極的に活用しよう/後

唐木英明 東京大学名誉教授、公益財団法人「食の安全・安心財団」理事長

 本稿の前編では、ひざが痛くて階段の昇降が難しかった人が、薬理効果がないプラセボ(偽薬)を飲んだ場合でも、かなりの効果があることを取り上げた。しかし「プラセボ効果を健康食品の効果として認めよう」という筆者の提案に対しては、専門家から反対がある。一つは、プラセボ効果という心理効果を科学と一緒にして議論するのはおかしいというもの。もう一つは、プラセボ効果だけを売り物にするインチキ食品が増えるという意見だ。どう考えるべきだろうか。

プラセボ効果を認めない理由

 最初の批判については、そもそも医薬品も健康食品もその効果の中にプラセボ効果を含んでいることは周知の事実である。そしてプラセボ効果を科学的に解明し、臨床に応用しようとする試みは急速に進んでいる。例えばハーバード大学医学部にはプラセボ研究組織が設置されて医療分野での応用で成果を上げている。プラセボ効果の存在を認める以上、「心理効果はインチキ」と切り捨てるわけにはいかない。プラセボに対する誤解は近い将来解消すると考えている。

国が認めた特定保健用食品は「お腹の調子を整える」などと商品に表示できる
 二番目の批判については、筆者は「プラセボ効果しかない健康食品を公認しろ」と言っているのではない。あくまで薬理効果が証明されている機能性表示食品とトクホに限って、プラセボ効果があるものはその事実の表示を認めるべきと考えているのだ。プラセボ効果を薬理効果とは独立の存在と考えるのではなく、薬理効果に付随した存在として考えるという立場である。

 一方で、こうした批判とは別に、懸念もある。それは、薬理効果とプラセボ効果の合計を健康食品の効果として表示した場合、「優良誤認」として取り締まりの対象にならないかというものである。景表法では表示の誇張の程度が社会一般に許容されている程度を超えて一般消費者の商品選択に影響を与える場合は違反になるとしている。

 たしかにプラセボ効果は有効成分が持つ効果ではない。しかしランダム化比較試験により健康食品を摂取した時に現れる効果であることが証明されていれば、それはあくまで科学的な試験結果に基づく事実の提示であり、虚偽や誤認には当たらないと筆者は考えている。

プラセボ効果が大きい健康食品は?

 それではどんな健康食品のプラセボ効果が大きいのだろうか。健康食品についてはまだ十分なデータがないが、医薬品については多くの事実が分かっている。前述のハーバード大学やアメリカ国立衛生研究所(NIH)のHPにはプラセボ効果に関する多くの研究が掲載されている。その中からほんの一部を紹介する。

 喘息の患者を「吸入薬を投与する群」「プラセボを投与する群」「針治療の真似ごとをする群」の三つに分けた。その結果、肺の機能が改善したのは吸入薬を投与された患者だけだった。しかし、プラセボを投与された患者と、針治療の真似を受けた患者も、吸入薬の治療を受けた患者と全く同程度まで呼吸が楽になったと感じた

 また、抗うつ薬についての試験では、抗うつ薬の薬理効果が認められたのは最も症状が重い患者だけだった。しかしそれより軽症の患者ではプラセボとの間で効果に差が見られず、抗うつ剤の効果はプラセボ効果に過ぎないことが示された。

プラセボは、本物の薬そっくりに造られているが、有効成分は含まれていない

 ほかにも、変形性膝関節症の患者を3群に分けて、鎮痛剤・プラセボ・グルコサミンをそれぞれ投与したところ、どれも痛みの顕著な改善効果を示し、3者の間で全く違いが見られず、すべてプラセボ効果によるものであることが示された。

 プラセボに大きな効果があることは医療の世界では古くから知られていた。米国での調査では内科医とリウマチ医の約半数がプラセボを定期的に処方し、その約6割がプラセボによる治療は倫理的に許されると回答している。患者の多くもまたこれを容認している。筆者も何人かの臨床医に確認したが、少なくとの半数はプラセボを利用していた。もちろん、それは必ずしも医薬品を必要としないにも関わらす医薬品を飲まないと不安に陥る人や、医薬品とプラセボの効果がほとんど変わらない場合に副作用が少ないプラセボを選ぶなどの場合である。

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