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デニーロが反ワクチン映画上映を断念(再掲)

ニューヨークのトライベッカ映画祭創設者としての提案と決断

高橋真理子 朝日新聞 科学コーディネーター

 ドキュメンタリー映画「MMRワクチン告発」の公開を中止すると、日本の配給会社ユナイテッドピープルが発表しました。映画では、はしか・おたふく風邪・風疹の三つのワクチンを混合した「MMRワクチン」の接種によって、日本で自閉症が増えていると連想させる内容が描かれており、配給会社は事実関係などに疑いが生じたとしています。この映画を取り上げた2016年の記事「ロバート・デニーロが反ワクチン映画上映を断念」を再掲します(WEBRONZA編集部)。

拡大映画「MMRワクチン告発」

※以下は、2016年3月31日公開のWEBRONZA記事

 2001年の米同時多発テロ後のニューヨークの再活性化を目指して始まったトライベッカ映画祭に、創設者の一人であるロバート・デニーロ氏が「反ワクチン映画」の上映を企画したが、翻意した。MMRワクチンが自閉症を引き起こすという主張をし、研究不正が明らかになって英国での医師免許を剝奪(はくだつ)されたアンドリュー・ウェイクフィールド博士が作った映画だ。デニーロ氏は先週金曜に「私には自閉症の子どもがおり、この問題について話す機会を提供したいと思った」とコメントを発表。しかし、翌日、上映取りやめを表明した。上映予定が明らかになった月曜から1週間たたないうちに方針撤回となった。

拡大今年のトライベッカ映画祭の紹介ページ
 おそらく「表現の自由」がどこよりも尊重される国での上映中止に、正直に言って驚いた。映画の制作者側は「言論、芸術への弾圧」と非難声明を出したが、デニーロ氏は賢明な判断をしたと思う。事実に基づかない論文を書き、英国医学界から追放された当人が「ワクチンは悪」と主張し続けることに正当性は見いだせないからだ。

 MMRワクチンとは、はしか、おたふく風邪、風疹の3つのワクチンを混合した生ワクチンで、日本ではDPTワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風)の3種混合ワクチンに対して「新3種混合ワクチン」と呼ばれて1989年から接種が始まった。しかし、無菌性髄膜炎の多発が問題になり、93年に定期接種を中止。現在は、はしかと風疹の混合ワクチンが定期接種とされ、おたふく風邪ワクチンが任意接種となっている。

 一方、英国では98年にウェイクフィールド博士が自閉症とMMRワクチンの関連を指摘する論文を由緒ある医学雑誌に発表、反ワクチン運動の旗手となった。しかし、04年に英日曜紙「サンデータイムズ」が博士はワクチンメーカーに訴訟を起こした原告側弁護士から多額の報酬を得ていたことをすっぱ抜き、その後の精査で論文に多くのウソが混じっていたことも明らかになって、論文取り下げ、医師免許剝奪という経過をたどった。この間、英国政府がMMRワクチン接種を中止することはなかったが、ワクチンを子どもに接種させない親が増え、はしかの再流行が起こるといった悪影響が出ていた。

 その博士が監督となって制作したドキュメンタリー映画「Vaxxed: From Cover-Up to Catastrophe (ワクチン接種:もみ消しから大惨事へ)」が15回目を迎えるトライベッカ映画祭で4月24日に上映されることが3月22日に発表された。すると、映画関係者、医者、研究者や科学ジャーナリストたちから広範な批判が巻き起こった。これに応える形でデニーロ氏は息子のエリオットさん(18歳)が自閉症であることを公表、「トライベッカ映画祭が創設されてからの15年間、僕は一度として作品の上映を依頼したり、編成に関与したりしたことはありません。しかし、この問題は僕と家族にとって非常に身近で、僕も議論に関わりたいと思いました」「私は個人的にこの映画を推奨するものではないし、反ワクチン運動を支持してもいません」などとするコメントを出した。

 さらに翌日、「映画祭関係者や科学者らと一緒に検討し、この映画は、私が思ったような形でこの問題の議論を深めることにならないと思いました」として上映取りやめを発表した。二つのコメントはフェースブックに公表されている。

 コメントを読む限り、デニーロ氏は父親としてかつ映画人として誠実に提案し、反響を真摯に受け止め、専門家に相談し、考え、そして決断したことが見て取れる。

 カナダの医学ジャーナリスト、ジュリア・ベルツさんは、「How the anti-vaccine movement infiltrated Robert De Niro’s film festival(ロバート・デニーロの映画祭で反ワクチン運動はいかに浸透したか)」という記事の中で、今回の騒動の教訓として次の3つをあげている。

1)十分な主張をすれば、理性はエセ科学に勝つ。
2)有名人は、迷信や神秘思考(magical thinking)の危険な拡散もとになりうる。
3)自閉症はワクチンと関係があるという神話は、何年もわたって否定されてきたにもかかわらず、いまだに生き延びている。

 今回の騒動の結果、ウェイクフィールド博士は「社会から迫害される科学者」としてさらに声高に自説を主張するようになるのかもしれない。映画が制作できたということは、少なからぬ支持者がいるわけだ。だが、博士の主張が切り捨てられているのは、製薬会社がもうけたいためでも、医師たちが地位を守りたいためでもない。単に主張の根拠となる事実がないから荒唐無稽だと言われているのだ。今回の騒動で、そのことが支持者たちの耳に届くのを願うばかりだ。


筆者

高橋真理子

高橋真理子(たかはし・まりこ) 朝日新聞 科学コーディネーター

朝日新聞 科学コーディネーター。1979年朝日新聞入社、「科学朝日」編集部員や論説委員(科学技術、医療担当)、科学部次長、科学エディター(部長)などを務める。著書に『重力波 発見!』『最新 子宮頸がん予防――ワクチンと検診の正しい受け方』、共著書に『村山さん、宇宙はどこまでわかったんですか?』『独創技術たちの苦闘』『生かされなかった教訓-巨大地震が原発を襲った』など、訳書に『ノーベル賞を獲った男』(共訳)、『量子力学の基本原理 なぜ常識と相容れないのか』。

 

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