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韓国映画にみる「市民力」のたくましさ

「1987、ある闘いの真実」と「タクシー運転手 約束は海を越えて」

鈴木達治郎 長崎大学 核兵器廃絶研究センター(RECNA)副センター長・教授

 ソウルの延世(ヨンセ)大学の正門前に、学生を弔う1枚のプレートがある。1987年におきた民主化運動の犠牲者だ。11月最後の週、大学を訪問する機会があり、プレートを確かめることができた。

拡大延世大学の正門前にあるプレート(筆者撮影)
 犠牲者の学生は、映画「1987、ある闘いの真実」に登場する。民主化運動を描いたこの歴史アクションムービーは、韓国で昨年大ヒットした。韓国映画の底力を見せつけられる力作であるが、なによりも韓国民主化運動の壮絶さに感銘をうけた。運動を主題とする映画としては、1980年の光州事件を描いた「タクシー運転手 約束は海を越えて」も名作として知られる。今回は二つの映画にみる韓国の「市民力」について書いてみたい。

「タクシー運転手」と1980年光州事件

 1980年5月、多数の死傷者を出した光州事件。その真実を世界に知らせたドイツ人記者と彼を光州に連れて行ったタクシー運転手を中心に描いたこの映画は、史実に基づいて歴史的な意義を語る映画としても、またエンタテインメントとしても大成功したヒット作である。

 ストーリーは、シングルファーザーのタクシー運転手(ソン・ガンホ)が、娘のためにお金を稼ごうと、民主化運動の激化で危険といわれている光州まで往復したいというドイツ人記者の依頼を引き受けるところから始まる。コメディタッチで始まるこの映画が、その後、光州に入ったあたりから緊張感が増していく。民主化運動を進める学生と地元タクシー運転手の家族等との交流が描かれるあたりまでは、コミカルな演技で笑わせるシーンも続くが、その学生が韓国警察に逮捕されると映画は急激に緊張を増し、ソン・ガンホの顔つきも恐怖におののく一市民の顔に変わっていく。

拡大「タクシー運転手 約束は海を越えて」 (c) 2017 SHOWBOX AND THE LAMP. ALL RIGHTS RESERVED.
 目の前で学生たちや市民が次々に銃で倒れていくシーンは、目を覆いたくなるほど凄惨だ。その中で、タクシー運転手はついに決意して民主化運動の支援に走ることになる……というストーリーだ。

 映画の最後には、実際のデモのシーンやドイツ人記者が実名で登場し、歴史映画としての重さ、光州事件という韓国民主化運動の発端となった事実の重要さをずっしりと感じさせてくれる。犠牲になった方々や助け合った市民たちの力をドラマチックに描いており、恐怖の中でも後退することを選ばず権力に立ち向かった人々への敬愛があふれて、心に残る映画であった。

「1987、ある闘いの真実」と学生運動

 もう一つの映画であるこちらは、軍事政権下で1988年のソウルオリンピックを直前に控えたソウルでの民主化学生運動を描いた歴史アクションムービーだ。1987年1月、ソウル大学の学生が、北朝鮮のスパイを調査している警察の拷問にあって死亡するところから映画は始まる。この厳しい捜査を指揮していたのが南営洞警察のパク所長(キム・ヨンスク)である。

拡大「1987、ある闘いの真実」(c)2017 CJ E&M CORPORATION, WOOJEUNG FILM ALL RIGHTS RESERVED.
 キム・ヨンスクの演技はまさに鬼気迫る恐ろしさだ。これに対し、学生の死因に不審をいだくチェ検事(ハ・ジョンウ)は、枠にとらわれない自由で柔軟な発想で、軽妙ながら強い意志を持って真実に迫る名演技だ。さらに、運動仲間を失った学生たち、政府の圧力に負けずに真実を報道しようとする東亜日報の記者たち、市民運動のリーダーを密かに保護する教会と神父、取り締まりの規則を破ろうとする警察に対抗して忠実な記録を残そうとする刑務所の看守、といった人たちがストーリーの展開に応じて丁寧に描かれる。

 その迫真の演技と手に汗握るシーンの連続に、2時間強の長い映画もあっという間に結末を迎える。厳しい軍事政権に立ち向かった市民たちの強い思いと行動力にただ圧倒される感動大作だった。

韓国の「市民力」に学ぶ

 この2つの映画はともに、ハリウッドで大人気の「スーパーヒーローもの」とは真逆の立場にある。命と自由を守り抜く決意と行動力を見せる普通の市民こそが、映画のヒーローだ。この「市民力」に圧倒されるのは筆者だけではないだろう。こういった映画を有名俳優が演じ、メジャーな製作会社が配給して大ヒットさせる韓国映画界の「底力」を見せつけられると、現在の日本映画の「ひ弱さ」「従順さ」が気になる。

拡大ソウルの延世大学正門(筆者撮影)
 日本映画でも、このような骨太な大作を見てみたい。「シン・ゴジラ」には、特撮に見せた「技術力」や政府内部をユーモラスに描く「風刺」の精神があふれてはいたが、韓国映画にみられるような、社会を変化させようとする「市民力」、そしてそのエネルギーを伝える「メッセージ力」では負けていたように思う。

 今回の韓国訪問でも、朝鮮半島の非核化と朝鮮戦争の終結という大きな歴史的転換期を絶対に逃してはいけない、という韓国の人たちの強い意志を感じた。映画が伝える「市民力」が確かに存在していることをまさに痛感させられた。あの朴槿恵(パク・クネ)大統領を倒したキャンドル革命は、このような歴史を乗り越えてきた市民力があってこそだと実感した。

 翻って、日本の市民力は今、どうなのだろうか。右や左といった単純な色分けではなく、次元を超えた社会変革を目指す市民の力を忘れてはいないのだろうか。自らも強く反省させられる2本の韓国映画と今回の訪韓であった。

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筆者

鈴木達治郎

鈴木達治郎(すずき・たつじろう) 長崎大学 核兵器廃絶研究センター(RECNA)副センター長・教授

長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)副センター長・教授。1951年生まれ。75年東京大学工学部原子力工学科卒。78年マサチューセッツ工科大学プログラム修士修了。工学博士(東京大学)。マサチューセッツ工科大エネルギー環境政策研究センター、同国際問題研究センター、電力中央研究所研究参事、東京大学公共政策大学院客員教授などを経て、2010年1月より2014年3月まで内閣府原子力委員会委員長代理を務め、2014年4月より現職。またパグウォッシュ会議評議員を2007~09年に続き、2014年4月より再び務めている。

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