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ゲノム編集ベビー「いずれ容認」への一歩か?

「双子の女児誕生」発表をめぐる科学者の議論が浮かび上がらせた問題点

粥川準二 県立広島大学准教授(社会学)

 すでに広く報道されているように11月25日から26日にかけて、中国の研究者が世界で初めて「ゲノム編集ベビー」、つまり遺伝子を改変した赤ちゃんを誕生させたと主張していることが明らかになった。その後に香港で開催された国際会議でも彼は同じ主張を繰り返したが、専門家たちもメディアもその正当性に納得していないだけでなく、そもそもその臨床研究が本当に行われたのかどうかさえはっきりしない。

 その経緯を振り返るとともに、筆者なりに問題点を抽出してみる。

ゲノム編集された双子「ナナ」と「ルル」

 11月25日、ウェブメディア『MITテクノロジー・レビュー』が「スクープ」として、中国の深圳にある南方科技大学の賀建奎(が・けんけい、フー・ジェンクイ)副教授らが「CRISPRベビー」を誕生させようとしている、と報じた。同日、賀がユーチューブで、ゲノムを編集した赤ちゃんをすでに誕生させたと語る動画を公開した。続いて11月26日、AP通信が、賀へのインタビューを踏まえて、同様のことを報じた

拡大中国・南方科技大の賀建奎副教授。本人が公開した動画から
 ところが賀が属する大学も、実験が行われたとされる病院も、共同研究者が属する大学も、予算を支出したとされる組織も、口を揃えるように、自分たちはこの研究を把握していない、と述べた。早くも27日には、中国の科学者122人が連名で声明を発表し、「狂っているとしかいえない」と激しく非難した。

 そんな渦中で賀は11月28日、ゲノム編集の科学と倫理について専門家たちが議論する「第2回国際ヒトゲノム編集サミット」に登壇し、多くの専門家やメディアが注目する中、自分の研究について話した(筆者もネット中継で拝見した)。

拡大中国・南方科技大の賀建奎副教授が、会議で示したスライド

 彼によれば、HIV(エイズウイルス)に感染した男性の精子と、パートナーの女性の卵子を体外受精させてできた受精卵の「CCR5」という遺伝子を、ゲノム編集技術「CRISPR/Cas9」で編集した。CCR5は、HIVが細胞に入り込むときに必要になるタンパク質を暗号化している遺伝子で、これが機能しなくなると、HIVがその細胞に感染しにくくなる。実際、HIV感染者を対象に、体細胞(T細胞)のCCR5を「ZFN」というゲノム編集技術で働かないようにした臨床試験では、良好な結果が報告されている

 賀は、HIVの患者コミュニティから希望者を募ったという。実験に使った受精卵は、7組のカップルから集めた31個。そのうち1組から双子の女の子、「ルル」と「ナナ」が誕生したという。

 サミットでは、多くの専門家から、医学的な正当性や倫理委員会による審査などについて質問が相次いだが、賀の答えは曖昧だった。そもそもこの臨床研究が本当に行われたのかどうかさえ、はっきりしなかった。彼によれば、査読のある学術雑誌で論文を発表する予定があるという。

デザイナー・ベビーとしての「HIV耐性人間」

 議論したいポイントは数え切れないほどあるが、ここでは絞ろう。

 この研究は「HIV耐性人間」を誕生させたように見える。ウイルスという外部の因子に対する抵抗性を、遺伝子という内部の因子を改変することによって獲得させたのだ。この行為は「治療」というよりは「エンハンスメント(能力強化)」であろう。だとすれば、ルルとナナは、世界初の「遺伝子改変人間」であると同時に、世界初の「遺伝子エンハンスメント人間(≒デザイナー・ベビー)」だということになる。前者でさえ、社会のコンセンサス(合意)があるとは言い難い。賀は一線を越えたというよりも、その次の線をもイッキに越えてしまったのだ(事実だとしたら)。

拡大質問に答える中国・南方科技大の賀建奎副教授(中)=2018年11月28日、香港大、福地慶太郎撮影
 またすでに指摘されているように、医学的な正当性も疑わしい。CCR5遺伝子を働かなくさせると、確かにHIVは感染しにくくなるが、西ナイル熱やインフルエンザのウイルスは逆に感染しやすくなると推測されている。体細胞を対象にしたゲノム編集であれば、患者・被験者はインフォームド・コンセント(情報を得た上での同意)をすることができる。しかしながら受精卵を対象にしたゲノム編集では、生まれてくる子どもやその子孫たちは同意することができない。

 さらに中国のHIV研究者たちは医学誌『ランセット』で、HIVは変異しやすく、CCR5はいくつかあるHIVの「入り口」のうち1つにすぎないので、CCR5遺伝子を働かないようにしてもHIV感染を完全に防ぐことはできない、と指摘する。生まれつき西ナイル熱やインフルエンザにかかりやすくなるかもしれないというリスクは、ますます正当化しにくいはずだ。 ・・・ログインして読む
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筆者

粥川準二

粥川準二(かゆかわ・じゅんじ) 県立広島大学准教授(社会学)

1969年生まれ、愛知県出身。フリーランスのサイエンスライターや大学非常勤講師を経て、2019年4月より現職。著書『バイオ化する社会』『ゲノム編集と細胞政治の誕生』(ともに青土社)など。共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、山口剛ほか訳、早川書房)など。監修書『曝された生 チェルノブイリ後の生物学的市民』(アドリアナ・ペトリーナ著、森本麻衣子ほか訳、人文書院)。

 

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