メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

楽しかった在留外国人の日本語スピーチコンテスト

東京都港区のユネスコ協会が実施、草の根活動からの平和構築の有効性を実感

永野博 科学技術振興機構研究主幹

 冷戦終結による平和の配当を喜んだのもつかの間、21世紀に入ると世界のさまざまな地域での紛争にかかわる報道は留まることを知らない。現在でも、シリア、イエメン、ウクライナ東部などでは現実の戦争が続いているし、わが国の周辺での安全保障の状況も予断を許さない。いったん近づいた世界の平和が、また遠のきつつあるようにもみえる。

拡大

 そんな中、「人の心の中に平和の砦(とりで)を」というユネスコ(国連教育科学文化機関)精神の実践として、私が会長を務める港ユネスコ協会(東京都港区)が12月1日に日本語スピーチコンテストを開催した。ささやかな催しではあるが、実に楽しく、大いに盛り上がった。このような地道な交流の積み重ねが、結果的にはユネスコの目指す平和の実現によい影響を与えていくのではないかと自信を深めることができたので、紹介したい。

 国連の一機関であるユネスコは第二次大戦直後に誕生した。ユネスコ憲章の前文は、その冒頭で「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦をつくらなければならない」と謳い、さらに続けて「相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信のために、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった」と続いている。戦争に負けた直後の日本人はこのユネスコ憲章の精神に感銘し、全国津々浦々から、ユネスコに加盟し、戦後の世界平和の構築に貢献したいという運動がほうはいとして起こった。このような各地の民間ユネスコ運動の盛り上がりが時の占領軍をも動かし、サンフランシスコ平和条約が発効するより前に国際機関であるユネスコへのわが国の加盟が実現するという快挙に結びついた。現在、日本全国には地域ユネスコ協会が270ほど存在し、港ユネスコ協会もその一つである。

 12月1日の日本語スピーチコンテストは、わが国に滞在していて日本語の習得に努力されている方々に来ていただき、日ごろ研鑽されている日本語の能力を発表していただく機会を作るととともに、日本人を含めた国籍の異なる人々が交流する場を作ろうというのがその趣旨である。

 スピーチコンテストへの募集を始めたところ、早い段階で予定の10人を超えて12人の応募があった。出身国も、韓国、オーストラリア、台湾、フィリピン、ミャンマー、カンボジア、ネパール、タジキスタン、アフガニスタン、中国、米国など(二重国籍あり)さまざまであり、年齢も7歳からシニアまで、日本での滞在期間も2か月から10年まで多様性にあふれていた。

 当日のスピーチは参加者の多様性を反映し、アニメ―ションの話から、日本や日本人に対する見方、さらにはわが国に滞在する外国人の行動に至るまで、バラエティに富んでいた。日本人が気づかなかった考察も多く、審査員はもちろんのこと、聴衆も身を乗り出して聞き漏らすまいとするようなスピーチが続いた。

拡大最優秀賞のイエ・メーン・アウンさんにトロフィーを贈る筆者

 審査の結果、 ・・・ログインして読む
(残り:約1121文字/本文:約2351文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

永野博

永野博(ながの・ひろし) 科学技術振興機構研究主幹

慶應義塾大学で工学部と法学部を卒業。科学技術庁に入り、ミュンヘン大学へ留学、その後、科学技術政策研究所長、科学技術振興機構理事、政策研究大学院大学教授。OECDグローバルサイエンスフォーラム議長を6年間、務めた。現在、日本工学アカデミー専務理事、港ユネスコ協会長など。著書:『世界が競う次世代リーダーの養成』、『ドイツに学ぶ科学技術政策』