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福島に新しく「農学部」を作る

誰も取り残さず、食と農の発展に取り組むために

金子信博 福島大学教授

 福島大学は2019年4月に農学群食農学類という新しい教育研究組織を開設する。「学類」は正確には学部ではないが、教員38名、学生100名と規模は小さいものの、ほぼ学部に相当する組織である。

震災で汚染された福島県の農林業

拡大除染農地は丁寧な草刈りで管理されているが、栽培はなかなか始まらない。右手に光って見えるのは除染廃棄物の仮置き場=2018年5月9日、福島県飯舘村
 2011年3月の東日本大震災にともなう東京電力福島第一原子力発電所事故により放出された放射性物質で、広大な環境が汚染された。汚染は町や村ごと住民が長期に避難を強いられるというこれまで経験のない事態を引き起こすとともに、1次産業にも重大な影響を与えた。そこで、事故以降、原発が立地した福島県を中心に、農林水産業における汚染対策、すなわち生産資源・環境の除染、農作物の試験栽培や水産物の試験操業が積み重ねられてきた。

 福島県は震災前の農業生産額が全国4位、林業生産額が7位の全国有数の農林業県であった。農地や林地の汚染の影響は大きく、米、野菜、果樹、山菜やきのこ類などに出荷制限が行われた。特に、水稲は2011年秋の基準値超えによって安全性が大きく揺らぎ、翌年から栽培制限、放射性セシウムの移行抑制対策、農地の除染、そして、すべての米を出荷前に測定するという全量全袋検査態勢の確立へと動いた。

 一方、林業では、原発周辺を除いて素材生産は継続しているものの、全国トップの生産を誇ったしいたけ原木生産がほぼ停止するという事態に至った。しいたけをコナラやクヌギといった広葉樹の丸太に植菌して栽培する原木生産に使われる原木は、計画的な生産が行われてきた阿武隈山地の産地を中心として福島県から全国へ出荷されてきた。

機運が高まった――福島に「農学部」を

拡大放射性セシウムの移行を抑制する試験栽培=2017年6月28日、福島県大熊町
 農林業が盛んな地域であるにもかかわらず、福島県には農学系の大学機関がなく,長らく地域から福島大学に要請が寄せられていた。震災以後は、それまで以上に「農学部」設置の機運が高まり、福島市にある金谷川キャンパスに「食農学類」を設置することとなった。そして、「食農学類」が2018年8月に文部科学省大学設置・学校法人審議会から認可され、2019年4月の開設となった。

 日本の農林業の発展を考えるときに、新しい「農学部」をどのように位置づけたらよいであろうか。組織名である「食農学類」は、農学系の教育研究において特に「農場から食卓まで」のフードチェーンのつながりを強く意識したものである。食品科学、農業生産学、生産環境学、そして農業経営学の4コースからなる。教育方針として、実践性、学際性、国際性、そして貢献性を掲げている。1年生は全員が同じ「農場基礎実習」を履修し、農作物の育つ環境、栽培法、食品加工、そして、販売までを一連のものとして学ぶ。さらに、2年次後期から1年半をかけて、「農学実践型教育」を受ける。これは、15名ほどの学生が、4コースの教員とともにチームを組み、県内9市町村をフィールドに、地域課題に向き合うものである。学生は2年次後期には各コースに分属するが、チームには自分とは異なるコースの学生、教員もいるので、自分の専門分野を深めつつ他の分野の考え方と交流することで、総合的に問題解決を行う能力を磨く。

実践型教育で地域と連携

拡大オープンキャンパスにおける食農学類模擬授業の様子=2018年8月5日、福島大学金谷川キャンパス
 今回の新学類開設は、福島大学の学生定員を増やすことなく実施したため、建物を新規に増設する予算はない。そこで、福島大学農学系人材養成組織設置期成同盟会(県内7市町村、商工会議所、農業協同組合等で構成)などの支援を受け、研究棟を建設している。また、「農学実践型教育」は、受け入れ先自治体を公募し、実習経費を自治体が負担する。地域への貢献を重視する地方大学は多いが、福島大学でも震災以降、全学的に原子力災害と津波被害の両方を受けた福島県内の地域に多くの研究者、学生が入り、地域の復興に協力してきた。この流れを、創造的な復興につなげるために、農学分野を強化した。「国立大学」の運営に必要な建物や実習に関する経費負担をお願いすることは、当初地域の関係者にとって大きな抵抗があったが、教育研究内容の理解が進むことで、やがて地域での温かい支援へと変化した。

 復興予算によるハード面の整備は、地域における雇用の増加につながるが、働き手にとってかならずしも魅力があるとは限らない。長期の避難によって、特に子育て世代は元の住居に戻る意向は大きく低下した。年配者ほど帰還率が高い。平均寿命が長くなり、以前より長い時間にわたって活躍できる人材は多くなったかもしれないが、あとに続く世代がない地域社会は、将来を展望することが難しい。 ・・・ログインして読む
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筆者

金子信博

金子信博(かねこ・のぶひろ) 福島大学教授

福島大学食・農学類教授(森林科学・土壌生態学)。京都大学大学院農学研究科中退、農学博士。島根大学生物資源科学部助教授、横浜国立大学大学院環境情報研究院教授を経て、2018年から現職。土壌生物の多様性と生態系機能の関係を研究。

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