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乱用される国内販売トップの鎮痛薬「リリカ」

効能が実証されていない適応外処方が患者を苦しめ、医療費増加を招く

川口浩 東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長

 全身に原因不明の痛みが走る「線維筋痛症」の治療薬として、鎮痛薬「リリカ」が2012年に公的医療保険を使えるようになった。一般名を「プレガバリン」といい、製薬会社のファイザーから製造販売されている。

リリカは国内での販売額トップの薬剤だ(筆者撮影)
 プレガバリンは現在、国内で販売されている全ての薬剤の中で、売り上げ額で第1位の薬剤だ。2017年は937億円に達し、中外製薬の抗がん剤「アバスチン」や、小野薬品工業の免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」を上回った。しかし、この隆盛の背景にあるのは、従来のルールを逸脱した前代未聞の不公正な動きである。効能がはっきりしない疾患に対する乱用が、医療現場で続いているのだ。

海外の医学専門誌が警告

 プレガバリンの適応症は「神経障害性疼痛」となっているが、その効能が治験で実証されている具体的な傷病は「線維筋痛症」「帯状疱疹後神経痛」「脊髄損傷後疼痛」「糖尿病性神経障害に伴う疼痛」だけである。にもかかわらず、臨床の現場では腰痛症や坐骨神経痛、関節痛といった治験が全くなされていない多くの整形外科疾患に対して、長年にわたって処方されつづけている。

 こうした適応外疾患に対する効能は、学術性の高い臨床試験においてすべて否定されている。医学界でもっとも権威ある総合医学専門誌のひとつ「New England Journal of Medicine」は、2017年に掲載した論文で、プレガバリンの販売額が急増している現状に対して、次のように強い懸念を表明した。

 プレガバリンは2004年に糖尿病性神経障害と帯状疱疹後神経痛の治療薬として、また2007年に線維筋痛症の治療薬として承認された。だが製薬会社の広告は、もっと一般的な用途を持った鎮痛薬として宣伝されている。一部の臨床医は、線維筋痛と似た曖昧な疼痛ばかりか、腰痛や変形性関節症といった明確に異なる症状に対してもプレガバリンを使用して、適応外処方を正当化している。

 ここで重要なのは、適応外処方された患者の被害に対する責任の所在である。日本においては、学術的根拠を逸脱した適応拡大を認めた医薬品医療機器総合機構(PMDA)と、それを巧妙に利用して不公正なプロモーションを続けたファイザーの両者が問われねばならない。

 米国の審査当局であるFDAも、また欧州のEMAでも、プレガバリンの適応症は「帯状疱疹後神経痛、脊髄損傷後疼痛、糖尿病性神経痛、線維筋痛症」と具体的な疾患を特定している。これに対して日本では、臨床試験もないまま言葉だけをすり替えて、あいまいな「神経障害性疼痛」という実体のない疾患名へと適応拡大され、臨床現場や保険審査員に対する情報操作がされてきた。

内服後にふらつき、救急車で搬送

 プレガバリンの副作用は非常に強い。臨床でしばしば経験するのは、めまい、傾眠、意識消失などだ。

 私の周囲にも、プレガバリンを内服後にめまいで転倒して骨折した人、意識がなくなって救急入院した人が複数いる。愛知県内で循環器系のクリニックを経営する男性院長は、ご自身が頸椎症性神経根症の痛みとしびれに対してプレガバリンを処方された。内服したところ診察時に呂律が回らなくなり、めまい・ふらつきで歩行が困難になって救急車で基幹病院に搬送されたという。院長は、自分のこの経験を広く公表しても構わないという意向を持っておられる。証拠として自分が歩行困難になった状態を動画で記録している。

 いまもこうした被害が、各地で続いているに違いない。国内の整形外科疾患の多くの患者さんが、効能の実証されていない薬を飲まされ続けている。

リリカには強い副作用がある(筆者撮影)
 私は2017年の秋、製造販売元のファイザージャパンはもちろんのこと、審査機関であるPMDAと、学術組織である日本整形外科学会および日本臨床整形外科学会に対して、プレガバリンの適応症の公正化・具体化を望む要望書を出した。だが、残念ながら昨年3月の再審査期限までに適応症の再検討はなされなかった。結果、長年にわたって年間何百億円もの国民医療費(税金)がプレガバリンを通じて海外流出し続けている。「産・官・学」そろっての怠慢である。

 ちなみに通常、整形外科領域で痛みに処方されるプレガバリンの費用は、75mg(111.5円)X 2錠で1日あたり223円になる。これに対して、代表的な鎮痛剤であるロキソニンなら、60mg(14.5円)X 3錠 = 43.5円であるし、そのジェネリックなら 60mg(7.3円)X 3錠 = 21.9円で済む。プレガバリンは非常に高価な薬剤だ。

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