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食卓を彩る野菜たち、実は異形の突然変異体

「天然」の植物にとっての「遺伝子組み換え」と「ゲノム編集」 (1)

鳥居啓子 テキサス大学オースティン校冠教授 名古屋大学客員教授

 「中国の研究者がヒト胚のゲノム編集を行い、そして双子のゲノム編集ベビーが誕生した」。昨年11月末の突然のニュースに、分子生物学者や医学研究者の間には衝撃が走った。当の研究者が国際会議で語った内容を見る限り、医療に必須な措置であったとは言い難く、倫理的問題や人権問題(ゲノム情報のプライバシー)などを無視した暴走である。科学者や医療従事者のコミュニティーを超えた国際社会全体の指針づくりが早急に望まれる。

 一方、植物科学・バイオ分野では、ゲノム編集は地球環境変動に適合した作物の育種に革命をもたらすテクノロジーとして大きく期待されている。そこは、ヒトへの応用の是非について議論が沸騰するのとは一線を画している。しかし、「ゲノム編集は遺伝子組み換え(GMO)である」という不安を抱く人もいるだろう。何しろ、GMOに懸念を持つ人は世界的にたくさんいる。

 実は、筆者を始め生物学者は、GMO自体は安全であることを熟知している。2003年には米国科学協会(AAAS)による声明が出ている。その「遺伝子組み換え」と、ここへ来て注目が集まっている「ゲノム編集」とは何が違うのだろうか。さらにいえば、今まで食べてきた野菜や穀類や果物と、これから生み出される作物とは何が違うのだろう。

 この問いを突き詰めると、そもそも作物とは何だろう、という原点にたどり着く。日本人の食を支えるイネ(お米)は作物だが、同じイネ科のススキは雑草だ。同じアブラナ科でも、キャベツは作物で、(春の七草の一つではあるが)ぺんぺん草は雑草だろう。作物と雑草を分けるものは何なのか。そんな疑問を念頭に、これから数回に分けて、「遺伝子組み換え」や「ゲノム編集」について植物分子遺伝学の視点から解説し、さらに社会的コンセンサス形成に向けた課題についても考えてみたい。

 第一回は、天然の、おなじみの野菜たちの話をしよう。

スーパーマーケットに並ぶ色とりどりのカリフラワー。一番右の白から紫までがカリフラワーで、一番左はロマネスコ=米国シアトルのメトロポリタンマーケットにて著者撮影

アブラナ科の野菜たちの正体

 誰でも知っている野菜たち。キャベツ、カリフラワー、ブロッコリーにロマネスコ。芽キャベツ、ケールにコールラビ(コールラビは聞いたことがないという人もいるかもしれないが、私の連れの故郷ドイツをはじめ欧州や米国ではおなじみの野菜だ)。実はこれら野菜はすべてBrassica oleracea(ヤセイカンラン:野生甘藍)という学名の、アブラナ科の同一種である。「姿も形も味も違う」と思うかもしれないが、種としては一つのものなのである。

 長い人類の歴史の中で、まず2500年前ほどの地中海沿いの国々(ギリシャ・ローマなど)で、野生のBrassica oleraceaを育てたのが始まりと考えられている。古代ギリシャの哲学者であり植物学者でもあったテオプラトスは、「野生のもの、葉が縮れたもの、葉が扁平なもの」と3種類のヤセイカンランを記述しているそうだ。

 その後、農業の歴史の中、食べ物としての魅力が増した突然変異体(ミュータント)が選抜され、改良され、今日に見るバラエティーに富んだ野菜たちとなった。突然変異体とは、DNAの配列に置換や欠損が起こったり、ゲノム構造に異常が生じたりした生物である。自然界で起こることもあれば、放射線などを用いて人為的に起こすことも可能だ。私たちの祖先は、自然に生まれた突然変異体をうまく選んで、好みの野菜を育てていったわけだ。

 キャベツは、

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