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国際生物学オリンピックに見る「翻訳の壁」

英語力を伸ばせない日本人は、大きなハンディを抱え続ける

松田良一 東京理科大学教授

 21世紀は環境、食糧、感染症など人類の存亡にかかわる問題が山積みだ。これらの問題に対処する上で生物学の果たす役割は極めて大きい。その生物学を担う次世代層の育成は世界各国の課題である。

 国際生物学オリンピック(International Biology Olympiad, IBO)は未来の生物学を担う世界中の中高生たちに理解度と実験スキルを競わせると同時に、将来の生物学者同士の国際交流の機会を与える事業である。その成績順位は世界中の有力大学の入試における判断材料ともなっている。

 筆者は2018年、このIBO総会で6人の運営委員の1人に選出され、委員の互選でIBO議長にも選ばれた。当事者の一人として運営に関わるなか、IBOが抱える課題や、日本の学校教育の問題点を実感している。どのような難題であるか。いかに乗り越えていくべきか。考えを整理してみたい。

70カ国以上が加盟し、順位を競う

 IBOの加盟国数は年々増加して75を超え、現在、さらに数カ国がオブザーバー参加を表明している。加盟各国は毎年、IBO 国際大会の出場者(1国あたり4名)を選抜するための国内試験や特別教育をおこなうなど、各国の生物学教育の活性化に寄与している。大会運営を統括するIBO委員会の法人本部はドイツ、キール大学のライプニッツ理数教育研究所にある。

拡大実験試験の受験風景=2018年7月のイラン大会(大会本部提供)
 IBOの国際大会は年1回、7月に開かれる。大会では 理論試験と実験試験が出題され、上位から順位を決めてメダルが授与される。理論試験ではおよそ100題を約5時間かけて解く。実験試験も約5時間だ。

 2018年度の第29回大会は7月15日から22日までイランの首都テヘランで開催され、71か国が参加した。残念ながら、対イラン制裁を強めるアメリカは不参加。昨年の英国バーミンガム大会ではイランの生徒への英国訪問ビザの発給が遅延するなど、国際情勢が影響している。今年、日本から出場した高校生4名は銀2、銅2個と全員メダルを獲得し、健闘した。2019年にはハンガリーのセゲドで、2020年には長崎でIBO国際大会の開催が予定されている。

英文問題の翻訳時に不正の恐れ

 IBOの公用語は英語だ。各国代表の高校生に付き添う教員には、英文のテスト問題を全体会議で検討し、その最終版を自国の生徒向けに母国語に翻訳するという責務がある。IBOの出場歴と成績順位は各国での大学入試の合否、さらに大学における授業料免除や奨学金受給の有力な指標となるため、生徒も教員も真剣だ。

 問題文の翻訳に不正があれば、IBO活動はその時点で瓦解してしまう。スポーツ大会におけるドーピングと同様だ。IBOに限らず、数学や物理学を含めすべての国際科学オリンピックの大会は英語が公用語であるので、翻訳不正をどのように防止していくかが常に問われている。そこで2013年のスイス大会から、「グーグル翻訳」というアプリを使っての問題文の機械翻訳が認められるようになった。

拡大交流する大会参加者たち=2018年7月のイラン大会(大会本部提供)
 しかし、このグーグル翻訳は言語ごとに完成度が違い、数十の異なる言語には一様には対応できないし、複雑な構文をうまく翻訳できない。 ・・・ログインして読む
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筆者

松田良一

松田良一(まつだ・りょういち) 東京理科大学教授

1952年生まれ。帝京大学医学部衛生学教室教務職員として勤務しながら東京都立大学理学部(夜間部)を卒業。千葉大学大学院修士課程修了、東京都立大学大学院博士課程中退。理学博士(1982年)。東京都立大学助手、米国W. Alton Jones細胞科学センター主任研究員、東京大学教養学部教授などを経て現職。共著・編著に『英語論文セミナー 現代の発生生物学』『世界の科学教育』など。2012年、日本動物学会教育賞。国際生物学オリンピック運営委員、同日本委員会運営副委員長を務め、2018年から国際生物学オリンピック議長。

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