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統計不正に見る「議論できない日本社会」

ムラ社会を脱し、まともな会話のできる社会に

古井貞煕 豊田工業大学シカゴ校 (TTIC) 学長

 最近の「統計不正」に関する議論には、日本が抱える欠陥が集約してあらわれていると感じる。政治家や官僚がやっていることに関して、十分な理由の説明や議論がなされない。どうしてこんなおかしなことが起きているのかと、不思議に思うことがたくさんあるのに、国会や記者会見で、与党も野党もきちんと説明や議論をしない。言葉尻をとらえた些末な応酬ばかりが行われ、本質的な議論が行われない。

拡大統計不正問題で揺れる国会
 きちんと説明し、議論し、相手に納得させるのが、政治家の仕事ではないのか。それができない政治家は失格ではないだろうか。下品なヤジを含めて、国会での政治家の発言を、英語に翻訳して海外に流したら、びっくりされるだろう。ところが与党も野党も、つまらない非難の応酬ばかりで、きちんとした「統計数値」に基づいた議論になっていない。

 我々が最終的に知りたいのは、正しい統計を用いたら、これまで我々が聞かされてきたことが変わるのか、変わらないのか、国の政策は変わるのか、変わらないのかということである。そのためには、国会で、統計に関してしっかり勉強した上で、議論してもらうことが必須である。

論じる能力の欠如が「ヘイト」

 筆者はアメリカの大学で仕事をしているが、毎月、定期的に日本に帰ってきている。アメリカが大好きというわけでもないし、日本の社会の方が居心地よい面もあるが、日本に帰ってくるごとに異様に感じることがある。それは、日本の社会では人と人のコミュニケーションが極めて希薄であるということである。

 アメリカでは、疑問に感じることがあれば、必ず議論をして解決する。間違ったことを言えば、たとえ上司でも厳しく突っ込まれるので、議論をする前に勉強し、よく考えておくことが必須だ。説明に対して、なぜなのかわからないけど我慢しているということはない。「しょうがない」と放置したり諦めたりすることはない。

 日本では「しょうがない」が多すぎる。本来、議論のベースとは、相手を尊敬しながら自分の言葉で意見を述べることだが、そのような習慣がなく、訓練ができていない。日本人は平均的に、自分の考えを明確に伝えることが苦手である。気に入らないと、互いに論じ合うことを避けて、一方的な「ヘイト」になってしまう。

全員で確認し、記録を残す

 きちんと論理的に議論したら、その議論の内容と決まったことを文書の形で残すことが重要である。他人の発言を尊重し、自分の発言に対して責任を持つという意味でも、文書の形で残すことは大切である。

拡大東京・霞が関の官庁街と国会議事堂
 アメリカの大学では、理事会、理事会の委員会、大学の運営会議、教授会などで、議論の内容や決まったことをすぐに議事録にし、会議の参加者で確認、修正し、関係者がいつでも参照できる形で永久に保存している。いわば、文書にしてあることがすべてで、後から「実はこういうつもりだった」というのは通らない。

 アメリカでは当たり前のことだが、日本ではそのようなことができていない。決裁文書が関係者の知らないところで改ざんされたりしている。しかも今回の統計問題では、正確であるべき統計調査にまで不正が及ぶという深刻な事態になっている。 ・・・ログインして読む
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筆者

古井貞煕

古井貞煕(ふるい・さだおき) 豊田工業大学シカゴ校 (TTIC) 学長

 豊田工業大学シカゴ校(Toyota Technological Institute at Chicago=TTIC) 学長。1968年東京大学卒。工学博士。NTT研究所を経て、1997年より東京工業大学大学院計算工学専攻教授。2011年同名誉教授。2013年より現職。音声認識、話者認識、音声知覚、音声合成などの研究に従事。科学技術庁長官賞、文部科学大臣表彰、NHK放送文化賞、大川賞受賞、紫綬褒章受章、文化功労者。種々の学会から功績賞、業績賞、論文賞、Fellowなど受賞。国内外の学会の会長、学会誌の編集長などを歴任。

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