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厚労省の統計不正はどのように不正だったのか

統計学を使えば最小の費用で最大の効果が得られる調査方法がわかる

奥村晴彦 三重大学名誉教授・教育学部特任教授

拡大統計不正問題を取り上げた衆院予算委員会で、根本匠厚労相(右)の答弁を制止する立憲民主党の長妻昭代表代行(左)=2019年2月4日、松本俊撮影
 国の統計不正が問題になっている。厚労省は2019年1月11日に「毎月勤労統計調査において全数調査するとしていたところを一部抽出調査で行っていたことについて」という文書を公開した。毎月勤労統計調査とは、「民間や官公営事業所の賃金、労働時間、雇用状況の変化を把握する目的で政府が実施する調査。統計法に基づき、国の重要な統計調査である基幹統計として、厚生労働省が実施・公表している」(日本大百科全書)ものである。そのどこが、どのように不正だったのか。統計処理の話に絞って解説したい。

平均給与が全体として低めになっていた

 この調査は、500人以上の事業所は全数調査、499人以下の事業所は一部を抽出して調査すると法律で定められている。ところが、東京都は500人以上の事業所も約3分の1を抽出して調査していた、というのが大きな問題点である。それにとどまらず、統計処理にもミスがあった。その結果、雇用保険や労災保険の給付金を算定するときの基礎となる「決まって支給する給与」(いわゆる平均給与)が本来より少なく公表されていた。

 厚労省の発表資料に載っている表をグラフにしたのが以下である。

拡大「きまって支給する給与」の推移
 リーマンショック以降落ち込んでいた平均給与が、右側の点線(2018年1月)を境に、少しだけ回復したように見える。これを安倍政権はアベノミクスの効果だと喧伝してきたのだった。

 今回明らかになったのは、(1)東京都が500人以上規模の事業所について全数でなく抽出調査をしていた(2)しかも2017年までは「復元」(詳しくは以下で説明する)をしておらず、2018年から「復元」を始めた(3)もともと抽出調査だった30人以上499人以下の事業所についても、2009年以降、東京都の一部で正しい「復元」が行われていなかった、という不正及びミスである。

 計算をやり直したところ、上のグラフの青(△)のようになった。また、元データが残っていない古い時代については、より簡単な計算で補正したところ、オレンジ色(○)のようになった。

古い言語で書かれていた計算プログラム

 厚労省はどこを間違ったのか。また、「復元」とは何か。

 話を簡単にするため、日本には従業員100人の小事業所と、従業員1000人の大事業所しかないと仮定しよう。小事業所は10万社あり、大事業所の方は1万社と仮定する。

拡大
  それぞれ500事業所を抽出して調査したところ、平均給与は25万円と30万円だった。すると、調査対象の小事業所が払った給与の総額は100×25万×500=125億円、大事業所が払った給与の総額は1000×30万×500=1500億円、合わせて1625億円である。抽出した従業員数100×500+1000×500=55万人でこれを割れば、1人あたりの給与は約29.5万円となる――これが間違った計算である。抽出した部分だけで計算しているからだ。

 正しい計算は、実際の事業所数を使って、次のようにしなければならない。全国の小事業所が払った給与の総額は100×25万×100000=2.5兆円、大事業所が払った給与の総額は1000×30万×10000=3兆円、合わせて5.5兆円である。これを全国の従業員数100×100000+1000×10000=2000万人で割れば、1人あたりの給与は27.5万円となる。これが正しい。

 要は、抽出した数ではなく、実際の数(全体)を使わなければならないのである。

 この「間違った計算を正しくする処理」を、厚労省では「復元」と呼んでいるようであるが、特別な処理ではなく、ごく当たり前の計算である。

拡大厚労省「労働統計処理サービス」ソフトウェア構成図

 厚労省は、「500人以上規模の事業所」について全数調査のつもりで作った計算プログラムに、抽出率1/3のデータを入力したため、間違った平均給与が出力されたと説明する。毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する報告書によれば、計算プログラムはCOBOL(コボル)という古い言語で書かれており、簡単に修正できなかったとのことである。実際、2018年3月の統計処理システム更改及び運用・保守一式調達仕様書別紙13(一部を図に示す)によれば、労働統計関係のシステムはCOBOL、FORTRAN(フォートラン)といった往年の言語とOracle(オラクル)社のデータベースで構成されており、私でも触りたくない。

統計誤差を最小にできる「ネイマン配分」

 ところで、ふつうは同じ小事業所でもAでは27万円、Bでは23万円というように、ばらつきがある。ばらつきがある中で一部を抽出して平均値をとった場合、誤差が残る。どれだけ抽出すればどれだけの誤差があるのか。また、誤差を最小にするためには、大小の事業所をどのような比率で抽出すればよいのか。こういうことを明らかにするのが統計学である。

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筆者

奥村晴彦

奥村晴彦(おくむら・はるひこ) 三重大学名誉教授・教育学部特任教授

名古屋大学理学部物理学科修士課程修了、総合研究大学院大学で博士号(学術)取得。高校教員(数学)、松阪大学助教授・教授、三重大学教育学部教授を経て、2017年定年退職後,特任教授。現在の専門は情報教育。コンピューター関係の著書多数、統計関係の著書3冊、高校数学教科書・高校情報教科書も執筆。