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大学における雇用契約と内定通知

契約社会であるアメリカではどうなっているのか

鳥居啓子 テキサス大学オースティン校冠教授 名古屋大学客員教授

 3月1日に、「現代ビジネス」オンライン版に、東大教授職の移籍人事で、内定を白紙撤回された教授による一連の騒動に関する独白が発表された(東大から「内定取り消し」を受けた大学教授がどうしても伝えたいこと)。大学側は、内定通知書を書面で出さず、また、「雇用契約の成立時期は総長の任命の時(すなわち、着任時)である」と主張していたという。日本の大学における被雇用者の一方的な立場の弱さが露呈した内容だ。本稿では、契約社会である米国では大学における雇用契約はどのようなものなのか、筆者の所属するワシントン大学(下の写真)の例を主に解説しよう。

ワシントン大学のキャンパス。米国ワシントン州シアトルにある州立研究大学である。今年のUS News & World Reportによる Best Global Universities 2019では、世界10位にランキングされた

大学院入学通知は雇用内定契約書

 まず、研究者としてのイロハを学ぶ最初のステップである大学院への入学内定通知。これは、大学教授職と同じように「オファーレター」として正式な書面で届く。米国の基礎生命医学・生物科学系や理数系の大学院は5年一貫制の博士課程が主である。この解説記事を書くにあたり、生物学科の大学院入試委員長から今年のオファーレターのテンプレートをいただいた。全部で5ページある長い通知書で、雇用条件が細かくリストされている。

 祝いの言葉で始まり、大学院生としての給与とベネフィット(福利厚生)、それに学部が全額負担する学費の額面を示し、これらが全て5年間保証されることを確約している。保証されるのは上限週20時間TA (Teaching Assistant、授業や学生実習の補助役)として働いた時の額面であること、研究室の教授がその分の給料を肩代わりした場合にはRA(Research Assistant、研究助手)として研究に専念できること、博士課程進学試験(Qualifying Exam)に受かると昇給すること、など様々な説明が続く。特に優れた者や女性・人種マイノリティーには、さらに報奨金がつくこともあり、それは個別にオファーレターに付け加えられる。

 もちろん、良いことずくめではない。「これらの給与とベネフィットを受給し続けるためには、フルタイムの大学院生である必要があり、そのためには各学期に10単位を取得する必要がある」と書いてある。大学院の成績はB (GPA3.0)以上でなければカウントされないため、単位を落としてしまい給与が停止されることもある。さらに、ワシントン大の大学院生は労働組合に加入しているため、労働組合の規約へのリンクも提示されている。

 「学生」であるが、同時に「(駆け出しの)研究者」として業務に従事する大学院生。オファーレターは雇用内定契約書でもあるのだ。米国の大学院では、受験者がオファーを受諾する締め切りを一律に4月15日とする協定がある。そのため、複数のオファーをもらった受験者は、レターに書かれた様々な内容を比較吟味し、その日までに進学先を決める。内定承諾書に署名することにより、正式に決定する。

ポスドクの内定通知にも詳細な説明

 博士号を取得したのちのキャリアステージには、数年間研究に研鑽する博士研究員(ポストドクトラル・フェロー:通称ポスドク)がある。私の大学では、ポスドク人材の選抜は研究室主催者(PI: Principal Investigator, 教授など)が行うが、オファーレターは学科長(チェアー)の署名で発行される。これは、各研究室で雇用条件等がバラバラにならないようにという配慮からである。

 オファーレターには、

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