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「場の記憶」を失った土は命を忘れる

福島の汚染土と辺野古の埋め立て土砂から、人と大地の関係に思いをめぐらす

金子信博 福島大学教授

 福島原発事故による汚染土と、辺野古のサンゴ礁の埋め立て土砂。いずれも、その取り扱いには異論があり、関係者の考えが交錯し、合意から遙かに遠い状態にある。

フレコンバックに入った除染廃棄物の仮置き場=福島県川俣町山木屋地区、筆者撮影
辺野古沿岸で進む埋め立て工事=沖縄県名護市、堀英治撮影、朝日新聞社機から

 福島原発事故によって環境中に放出された放射性セシウムは広く環境を汚染した。森林や草地、農地ではまず植物に付着したものの、時間とともに重力に従って地上から下方へ移動し、8年たった現在では、そのほとんどが土壌の表層に集積している。土壌では粘土鉱物や腐植が放射性セシウムを強く吸着しているので、雨や雪による水が土壌を通過しても深い層には移動しない。このことは、幸いなことに放射性セシウムによる地下水汚染の可能性が低いことを意味している。

除染廃棄物を公共事業に使うという環境省の提案

水田から剝ぎ取られた状態の除染廃棄物=福島県伊達市、筆者撮影
 放射性物質汚染対処特措法により校庭や民家の庭、そして農地の除染は放射性セシウムを吸着した表土を薄く剝ぎ取ることで行われた。特に農地は、汚染の程度と避難区域の指定との組み合わせで特別除染区域、汚染状況重点調査区域が指定された。薄く剝ぎ取ったといっても、5センチメートルを剝ぐと、10アールでは50立方メートルとなり、およそ1立方メートル入るフレコンバッグ50個分である。その結果、莫大な量の除染廃棄物が仮置き場に集積することとなった。仮置き場は、人目につかない谷奥の農地や空き地につくられた例が多いが、肥沃な農地をつぶして遠くからでもよく見える場所につくられた例もある。当初、仮置き場として進んで農地を提供する人は少なかった。やがて、自分の農地の汚染が強く、避難期間が長期にわたる場所では農業を続けることが困難であることがわかってきた。すると、せっかくの農地だが安定して収入がある仮置き場として使ってもらう方が、農業をするよりもよいと考える人も増えた。

人目につかない奥地に置かれた除染廃棄物=福島県川俣町山木屋地区、筆者撮影
 環境省は、時間の経過と共に汚染土の放射性セシウム濃度が低下することを踏まえて、一定濃度以下の汚染土を公共事業の基盤に使い、その上に汚染されていない土砂で被覆することを提案している。この提案には、各地の住民から強い反発がある。当初、仮置き場に汚染土を置くのは3年程度とし、その後は中間処理施設に運び、県外で処理する、というのが環境省の説明であった。ところが中間処理施設の建設に時間がかかり、さらに中間処理施設だけでは除染廃棄物を収容できないことから、低レベルの除染廃棄物の用途を新たに考えたことになる。

土壌には「場の記憶」がある

 私は、土壌の微生物や動物といった土壌生物の多様性や働きについて長年調べてきた。土壌生物が環境や植物などと相互に作用し、植物やそれを食べる動物の動態に深く影響していることがわかってきたのは、最近の生態学で起きた大きなパラダイム変換である。私達は目に見える植物や地上の動物だけを見て、自然の仕組みを理解しようとしてきた。しかし、Hidden Half(見えない半分)と呼ばれるように、植物の体の半分は根として土壌に伸びており、土壌には陸上動物の10倍以上の重さの土壌動物、その10倍以上の重さの微生物が棲息している。現在では、植物の挙動を理解するために、一緒に土壌生物の動態を調べることが基本となりつつある。

除染農地の段面。客土のため、表層(20cm)の方がそれより下層よりも有機物が少なく、明るい色に見える=福島県飯舘村、筆者撮影
 残念ながら、放射性セシウムによる陸上の汚染は、最初に述べたように土壌の表層に集積するので、私の研究対象が陸上ではもっとも強く、長く汚染にさらされることになった。幸い、福島原発事故では土壌生物の個体数が大幅に減少するとか、土壌生物に明らかな異常が認められるような汚染は、調査が十分でない原発周辺を除いて、起きていないと考えている。

 土壌生物、特に微生物は簡単には移動ができない反面、長い時間をかけてその場の気候、地質、植生の影響のもとに適応してきた。さらに、「土づくり」というように、農家がさまざまな管理を時間をかけて行うことで、その場所特有の土壌となった。もし、

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