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進み始めたニパウイルス感染症のワクチン開発

ビル・ゲイツ氏のよびかけでできた機関から3100万ドルの開発費を獲得するまで

瀬川茂子 朝日新聞編集委員

 病気で命をなくさないために、研究成果を使ってほしい。そう研究者が願っても、実現までのハードルはとても高い。致死率が高く、毎年アジアで流行しているニパウイルス感染症。その基礎研究に取り組んできた東京大学医科学研究所の甲斐知恵子教授は、何度もあきらめかけたワクチン開発に、国際機関から総額3100万ドル(約34億円)の支援を得てようやく乗り出すことができるようになった。ここに至るまでの道のりを聞いた。

     ◇     ◇

――日本ではあまりなじみのないニパウイルス感染症を予防するワクチンを開発されるのですね。

拡大ワクチン開発に乗り出す東京大の甲斐知恵子教授

 ニパウイルス感染症は1998年にマレーシアで流行して以来、毎年アジアで発生しています。脳炎を起こし致死率が高いが、治療薬もワクチンもない。ブタやオオコウモリからヒトに感染するだけなく、ヒトからヒトへも感染し、致死率は9割になることもあります。

 もともと研究していた麻疹ウイルスと似ていることがわかったので、経験や知識が生かせるのではないかと思い、ニパウイルスの基礎研究を始めました。麻疹ウイルスは生ワクチンとしてすぐれているので、遺伝子を組み換えてニパウイルスワクチンを作りました。安全で効果が高いことを動物実験で証明し、2013年に論文を発表しました。実際に作って証明したのは米田美佐子准教授です。その貢献は大きいです。

よいシーズを作ればいいという考えは甘い

――当然、実用化を願いますね。

 はい。いいワクチンができたので、流行地の途上国に届けたいと思い、日本の製薬企業に声をかけたが乗ってくれず、開発研究の資金支援を得ることもできませんでした。私も含め基礎研究者はよいシーズを作れば、誰かがつないで必要な人に届けてくれると思うが、その考えは甘いと痛感しました。企業の反応は「素晴らしいですね。でも、うちはできません」でした。

――なぜでしょう。

 ヒトのワクチンを開発して製品にするためには50億円程度かかるといわれます。開発コストをかけて、途上国で少ししか売れない製品を作っても会社にメリットはありません。企業はボランティアではない。なるほどなと思いました。最初の挫折です。しばらくして米スタンフォード大の研究者から連絡がきました。彼はバングラデシュと共同研究しており、「ニパウイルスは切実な問題なので、なんとかしたい。あなたの論文のワクチンがいちばんいいから一緒にやろう」。心が動きました。日米で開発費を出してくれそうなところを探しましたが、見つかりませんでした。

――だめでしたか。

拡大電子顕微鏡で見たニパウイルス=米疾病対策センター提供

 そこに突然、CEPI(感染症流行対策イノベーション連合)から連絡がありました。発展途上国のワクチン開発が進まない現状を変えようと、ビル&メリンダ・ゲイツ財団がスイスのダボス会議で国際協力を呼びかけ、17年に設立された機関です。ラッサ熱、中東呼吸器症候群(MERS)、ニパウイルスのワクチン開発に目標をしぼり、5年以内に数種類のワクチンを開発し、流行地域で臨床試験をすることをめざし、研究開発費を支援します。申請しないかといわれ、これだと思いました。

 驚いたのは、シーズから薬にするのに日本なら15年ほどかかるところを5年で、と求められたこと。最初は不可能だと思った。ビル・ゲイツ氏の強い意志を感じました。 ・・・ログインして読む
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筆者

瀬川茂子

瀬川茂子(せがわ・しげこ) 朝日新聞編集委員

1991年朝日新聞社入社。大阪本社科学医療部次長、アエラ編集部副編集長などを務める。共著書に「脳はどこまでわかったか」(朝日選書)、「iPS細胞とはなにか」(講談社ブルーバックス)、「巨大地震の科学と防災」(朝日選書)など。

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