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発見! ヒトにも地磁気を感じる力があった

サメや魚、鳥や犬は「磁場に反応する能力」を持っているが……

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 心理学・神経科学の歴史を見ると、論争の的になってきたトピックスがある。(超能力の類いを研究する「超心理学」は脇に置くとしても、)たとえば知能指数はどの程度遺伝するか、脳の機能に性差はあるか、など。「ヒトは磁気感覚を持っているか?」という問いもそのひとつだ。筆者自身を含む学際・国際チームの最新成果が、確実な神経科学的証拠を初めて示したといえるかもしれない(eNEURO)。

磁気に感受性ある生物は200種以上

 この研究のインパクトは、まずは歴史的文脈の中で理解できる。「五感」を明示したのはアリストテレスだそうだが、ヒトはそれ以外に、重力とか温度、痛み、バランスや体内刺激などの感覚を持っている。

拡大体内磁石や磁気感覚が証明されている動物たち
 過去半世紀ほどの間に、バクテリア、原生生物やさまざまな動物を含む200種以上の生物で、磁場に反応する能力が示されて来た(左図)。たとえばミツバチなどの地磁気に対する行動的反応は、光、匂い、触覚に対する反応に匹敵するほど強い。さまざまな脊椎動物、たとえば魚、両棲類、爬虫類から多くの鳥類、げっ歯類、コウモリ、牛などの有蹄類、クジラ、そして犬などでも、はっきりした行動反応が示されている。

 ただし初期のこうした報告は「生物物理的なメカニズムが見当たらない」という理由から、無視されがちだった。しかし新たな生物化学上の発見が状況を一変させた。生体が強磁性の磁鉄鉱ナノ(超微細)結晶を凝結させる能力を持っているという発見だ(今回の共著者、J. カーシュヴィンク教授らの研究、1981年)。こうした生体起源の磁性結晶は、バクテリアをはじめ、軟体動物、魚、哺乳類、そしてヒトの脳組織でも確認されている。

 これに対して、ヒトは長らく「磁気に感受性を持つ生物」のリストから外されていた。「ヒトも磁気感覚を持つ」という報告と、再現できないという否定的な報告が行き交い、果てしない論争が泥沼化した。たとえば英国の心理学者R. ベイカーが80年代にはっきり肯定的な報告をした。しかしカーシュヴィンク教授(カルテックの地球・生物物理学者)が、プリンストン大学など米国内3大学にベイカー本人を招いて共同で追実験を行い、再現に失敗している。

脳波データの解析で特徴的な反応

 このようにヒトの行動実験が泥沼化した理由として、意識レベルの報告や、自覚できる行動課題に頼っていたことが挙げられる。意識的な課題はさまざまな認知バイアス(たとえば誤った仮説や手がかり帰属など)の影響を受けやすい。他方、私たちが祖先から受け継いだ磁気感覚は、不使用によってある程度退化したとしても、無意識の能力として眠っているかも知れない。

拡大カルテックの研究室におけるヒト磁気感覚のテスト装置(C. Bickel, courtesy AAAS.)
 そこで私たちは今回、脳の磁場変化に対する受け身の(課題がない状況での)反応に着目することにした。被験者は静かな暗室のなかに座り、磁場が変化しても意識レベルでは何も感じない。しかしEEG(脳波)データをまとめて解析してみると、生態学的に正常な(=日常経験している)地場の回転刺激に対してだけ、アルファ波の「事象関連抑制(非同期化)」と呼ばれる特徴的な反応を示すことがわかった(下図)。

拡大アルファ波抑制を示すEEG記録の例。暗い青色が抑制を示す(C. Bickel, courtesy AAAS.)
 多少専門的になるが、説明が必要だろう。まずそもそも地表面では静止した磁場が自然の状態でも常に働いており、北半球では斜め下方向のベクトルで表現できる(磁気赤道では水平面上、磁気北極や磁気南極では垂直)。 ・・・ログインして読む
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筆者

下條信輔

下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。

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