サメや魚、鳥や犬は「磁場に反応する能力」を持っているが……
2019年03月21日
心理学・神経科学の歴史を見ると、論争の的になってきたトピックスがある。(超能力の類いを研究する「超心理学」は脇に置くとしても、)たとえば知能指数はどの程度遺伝するか、脳の機能に性差はあるか、など。「ヒトは磁気感覚を持っているか?」という問いもそのひとつだ。筆者自身を含む学際・国際チームの最新成果が、確実な神経科学的証拠を初めて示したといえるかもしれない(eNEURO)。
この研究のインパクトは、まずは歴史的文脈の中で理解できる。「五感」を明示したのはアリストテレスだそうだが、ヒトはそれ以外に、重力とか温度、痛み、バランスや体内刺激などの感覚を持っている。
ただし初期のこうした報告は「生物物理的なメカニズムが見当たらない」という理由から、無視されがちだった。しかし新たな生物化学上の発見が状況を一変させた。生体が強磁性の磁鉄鉱ナノ(超微細)結晶を凝結させる能力を持っているという発見だ(今回の共著者、J. カーシュヴィンク教授らの研究、1981年)。こうした生体起源の磁性結晶は、バクテリアをはじめ、軟体動物、魚、哺乳類、そしてヒトの脳組織でも確認されている。
これに対して、ヒトは長らく「磁気に感受性を持つ生物」のリストから外されていた。「ヒトも磁気感覚を持つ」という報告と、再現できないという否定的な報告が行き交い、果てしない論争が泥沼化した。たとえば英国の心理学者R. ベイカーが80年代にはっきり肯定的な報告をした。しかしカーシュヴィンク教授(カルテックの地球・生物物理学者)が、プリンストン大学など米国内3大学にベイカー本人を招いて共同で追実験を行い、再現に失敗している。
このようにヒトの行動実験が泥沼化した理由として、意識レベルの報告や、自覚できる行動課題に頼っていたことが挙げられる。意識的な課題はさまざまな認知バイアス(たとえば誤った仮説や手がかり帰属など)の影響を受けやすい。他方、私たちが祖先から受け継いだ磁気感覚は、不使用によってある程度退化したとしても、無意識の能力として眠っているかも知れない。
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