桜井国俊(さくらい・くにとし) 沖縄大学名誉教授、沖縄環境ネットワーク世話人
1943年生まれ。東京大学卒。工学博士。WHO、JICAなどでながらく途上国の環境問題に取り組む。20年以上にわたって、青年海外協力隊の環境隊員の育成にかかわる。2000年から沖縄暮らし。沖縄大学元学長。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
世界標準に遠く及ばず、持続可能性の視点も欠如
3月6日付けの沖縄の地元新聞は、沖縄防衛局が石垣島での陸上自衛隊駐屯地建設に向けた造成工事に本格着手したことを一斉に伝えた。島民は水源となっている宮良川への影響を懸念し、事前の環境影響評価(環境アセス)の実施を求めていたが、その声は無視された。各紙は「アセス逃れ」として、着工を厳しく批判している。
この工事予定地は全体面積が約46ヘクタールもあるのに、取得している土地は約13ヘクタールしかない。しかも今回、沖縄防衛局が県に通知した工事計画はわずか0.5ヘクタールだけ。全体の約半分を占める市有地の取得には市議会の承認が必要なのに、議論は進んでいない。
そこで沖縄防衛局は頭を抱えたのであろう。この工事の着手が4月1日以降となると、昨年10月に改正された県環境アセス条例に基づいて環境アセスの実施が求められる。すると建設が数年は遅れることとなる。これを避けるため、着工を急いだに違いない。まさにアセス逃れである。
まさに、日本は「環境アセス後進国」である。日本の環境アセス制度は、国際標準にはるかに及ばない。そして、そのことを誰の目にも明らかにしたのが、辺野古アセス裁判だった。
2月22日に「辺野古の新基地建設は必ず頓挫する」で述べた通り、日本のアセス法では、方法書・準備書に対して市民は意見を述べることができる(第8条・第18条)としている。また第8条第1項は、「方法書について環境の保全の見地からの意見を有する者は(中略)、事業者に対し、意見書の提出により、これを述べることができる」とし、第18条第1項は準備書について同様に規定している。
ところが実際は、評価書段階で市民が意見を述べる機会が保障されていない。そこで沖縄の市民は沖縄防衛局を相手取り裁判で訴えたが、2014年12月、最高裁で上告が棄却されて敗訴した。第8条・第18条は、市民が意見を述べる権利を保障したものではなく、事業者が情報を収集するための手段であり、この条項に基づき訴えることは出来ないというのが判決趣旨であった。
この判決は、日本のアセス制度の到達レベルの低さを示すものだ。悲しいことに日本のアセスは国際標準に達していないのである。
ここでいう国際標準とは「環境に関する、情報へのアクセス、意思決定における市民参加、司法へのアクセス条約」(環境市民参加条約)のことだ。1998年6月25日にデンマークのオーフス市で開催された「第4回欧州のための汎欧州環境閣僚会議」で採択され、オーフス条約とも呼ばれている。2012年10月30日現在、ベルギー、デンマーク、イギリス、フランス、EUなど、45の国と地域が批准している。
このオーフス条約の柱の一つが、「市民には環境問題について司法救済を求める権利(つまり司法にアクセスする権利、訴える権利)がある」という考え方である。だが辺野古のアセス裁判では、訴える権利そのものが認められなかった。
そもそも日本のアセス制度は、出発時点から世界に大きく遅れてきた。