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天文学会「声明」をめぐる議論と世代間の壁

天文学は安全保障とどう関わるべきか <下>

須藤靖  東京大学教授(宇宙物理学)

 日本天文学会の声明「天文学と安全保障との関わりについて」が発表されるに至った経過の説明を続ける。声明案に対する第2回の会員アンケートは2019年3月に行われ、約600名の回答を得た。その結果は、352名(59%)がこのまま声明として公表するのに賛成、72名(12%)が文言の修正の後公表することに賛成、173名(29%)が声明を出すことに反対、であった。特筆すべきは、賛否によらずほとんどの回答者が丁寧なコメントを添えてくれたことで、単に賛成と反対の二者択一の数値だけではわからない、重要な意見分布を読み取ることができた。それらはやがて広く公表される予定である。

拡大第2回のアンケート結果
 私なりに反対意見を大まかに分類すれば、内容が曖昧・自明過ぎてあえて声明にする必要を感じない(約15%)、このような判断は個人の自由に任せるべきで学会が関与すべきではない(約20%)、声明を出すのは時期尚早(約10%)が主で、国のためにむしろ積極的に防衛に貢献すべきであるからと回答したのは、1割以下だった。

 また、賛成した人だけでなく、反対した人からも、天文学会においてこのような率直な意見交換と議論の機会が与えられたことに対する感謝が多く述べられていた。天文学会はその類の議論をする団体でないという意見が一定数あったことは事実であるが、会員の多くは、このようなデリケートな問題を科学者の社会的責任という立場から逃げることなく広く議論を行った事実を高く評価してくれている。

異なる「防衛」「安全保障」の受け止め方

 これらを踏まえて、2019年3月14日に特別セッションを開催し会員間の意見交換をした後、翌日の代議員総会における投票で3分の2以上の賛成を得て、正式に声明とすることが了承された。その直後に大きな拍手がまきおこったが、これは意見の違いを乗り越えて、天文学会の真摯な取り組みが受け入れられた証であろう。

 実は、2017年の学術会議声明策定の過程において、私は「安全保障技術研究推進制度」に応募しないことを明記する方針を支持していた。これは強い主張のように思えるかもしれないが、実は全く逆で、科学研究と軍事研究の線引きを議論し始めるときりがないはずなので、それを避け、明確に定義できる最小限の合意点だと考えたからである。これは今回の天文学会声明においても同じで、逆に言えばそれを線引きの結論とすれば良いというのが、私の個人的意見ではあった。

拡大日本天文学会の全体集会=2019年3月16日
 とはいえ、再現性を重視する基礎科学者の性として、やはり合理的な根拠を積み上げたくなる。その結果、科学研究と軍事研究の線引き、安全保障と防衛・軍事の違い、軍事研究は悪なのか、といった正解のない「そもそも論」の展開は不可避であった。

 とりわけ、軍事、防衛、安全保障という用語は、人によって異なるニュアンスをもち、議論を混乱させている。天文学会の議論でも、当然それらの用語の定義は大きな議論となった。 ・・・ログインして読む
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筆者

須藤靖

須藤靖(すとう・やすし)  東京大学教授(宇宙物理学)

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。1958年高知県安芸市生まれ。第22期・第23期日本学術会議会員。主な研究分野は観測的宇宙論と太陽系外惑星。著書に『ものの大きさ』、『解析力学・量子論』、『人生一般二相対論』(いずれも東京大学出版会)、『一般相対論入門』(日本評論社)、『三日月とクロワッサン』、『主役はダーク』『宇宙人の見る地球』(いずれも毎日新聞社)などがある。

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