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韓国にWTOで日本が負けた理由を探る

放射線リスクの実態と輸出のための処方箋

松田裕之 横浜国立大学大学院環境情報研究院教授、Pew海洋保全フェロー

 世界貿易機関(WTO)の上級委員会が、韓国政府が東京電力福島第一原子力発電所事故(以下「福島事故」)による放射能汚染を理由に福島など8つの県の水産物を輸入禁止としているのは不当という日本からの提訴を退けた。日本政府および水産関係者は、事前に敗訴を全く予見していなかったようである。

 WTOの紛争処理パネル(以下「パネル」、いわゆる第1審に当たる)は、2018年2月に日本の主張を認める報告書を出した。ところが、上級委はそれを覆した。事後の東京大学の八木信行教授によると、パネルは「条約の法律的な解釈だけでなく、実態も勘案しながら」議論をするのに対して、上級委は法律家によって構成され、もっぱらパネルがWTOの規則を正しく適用したかを判断したとみられるという。正しく適用していないと判断したならパネルに差し戻すべきという気もするが、WTOではその道筋はない。

安全基準は国により違ってOK

 福島事故の放射性核種の放出量はチェルノブイリの数分の1程度とされる(環境省)。しかし、局所的に避難区域周辺では確かに高濃度になり、現在もなお米ソ核実験時代よりも高いともいえるが、たとえば東京都では1年後には1980年代並みに戻っている(図1)。

図1 福島、水戸市、新宿区の大気中のセシウム137濃度の変化(原子力規制庁環境放射線データベース=下のリンク=より2019/5/2作図)。ただし福島事故の後の最初の観測は2011年3月22日。
https://search.kankyo-hoshano.go.jp/servlet/search.top

 肝心の水産物については、食品安全基準値100Bq/kgを超える検体がほぼ見られなくなるまで、福島県以外では3年半、今なお出荷を自粛している福島県では4年かかった(水産庁)。今後も基準値を超える検体が発見された魚種については、出荷または漁獲が制限される(水産庁)。

 上級委報告書を読むと、国による安全基準の違いがキーポイントだと読み取れる。日本は食品からの放射線被曝量が年間1mSv以下なら安全という定量基準を持っているのに対し、韓国では定量基準だけでなく複数の基準を持つ。自由貿易が原則のWTOでも、各国が独自の安全基準を定めることは認めている。それがSPS(衛生および植物衛生に関する)協定で、加盟国の国民の生命と健康と動植物を守るために「衛生植物検疫上の適切な衛生健康保護水準」(ALOP)を持ってよい。この基準を輸入品に適用した場合、輸出国から照会があればその根拠を疫学的データなどを示して説明しなければならない。この説明が不十分であったという日本側の指摘は、今回の上級委も認めている。

 韓国は水産物の放射能汚染に対して3種類のALOPを定めている。すなわち(i)通常の環境に存在するレベル、(ii)合理的に達成可能な限り低い曝露(ALARA)、(iii)1mSv/年の定量基準、である。一方、日本からの輸入品については、福島など8県の水産物はすべて輸入禁止とし、さらにすべての日本産食品について「韓国側の検査で少しでもセシウムまたはヨウ素が検出された場合には、ストロンチウム、プルトニウム等の検査証明書を追加で要求」している。

「第一審には論理の飛躍あり」と見た上級委

 韓国の食品安全基準でも、放射性セシウムの許容限度は100Bq/kgで、これは日本と同じである。一般論として、放射性のストロンチウムやプルトニウムの被曝も懸念される。しかし、これらの測定は時間がかかるため、多くの魚種を毎月測定している福島事故後の東北では非現実的である。そのため、

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