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韓国の水産物禁輸でWTO敗訴のモヤモヤを解く

輸入規制は韓国に限らないのに韓国だけを提訴したワケ

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

 日本政府はもちろん、韓国政府にとっても思いがけない判断だったという。韓国が日本産水産物の一部を禁輸していることについて、世界貿易機関(WTO)の上級委員会が第一審に当たる小委員会の判断を破棄したことだ。この話、複雑でややこしく、簡単にはのみこめない。しかし、雰囲気のみで語るのは避けるべきだと思う。何が問題となってきたのか。整理して伝えてみたい。

 発端は東京電力福島第一原発事故である。放射性物質が大量に放出されたため、多くの国々が日本産食品の輸入に待ったをかけた。外務省のまとめによると、81の国・地域が輸入規制を設けた。日本は検査態勢などを整備。こうして、31はすでに規制を撤廃した。

出港する福島県の沖合底びき船=2018年10月5日午前2時、福島県相馬市、杉村和将撮影

 しかし、規制を継続している国・地域がまだ50もあるのが現実である。このうち日本がWTOに訴えたのは韓国だけだ。なぜか。

 韓国は事故から2年半たった2013年9月に規制をさらに強化したからだ。福島、茨城、宮城など8県の水産物について、事故後は50種について輸入禁止としていたのを全水産物に拡大。さらに、日本産のすべての食品について「韓国側の検査で少しでもセシウムまたはヨウ素が検出された場合には、ストロンチウム、プルトニウム等の検査証明書を追加で要求」するとした。

 ストロンチウムやプルトニウムは、今回の事故からの放出量が少ないことがわかっており、「少しでもセシウムまたはヨウ素が検出」されたときにこれらの検査を要求するのは意味がない。これは嫌がらせに等しいと私も思う。事故から2年半もたってからの筋の通らぬ規制強化に、当事者たちが「韓国、許さじ」と怒りを覚えたのももっともだろう。とはいえ、韓国では事故直後から国産も含めて水産物が売れなくなり、韓国内の水産業者が悲鳴をあげていた。事故後にソウルを訪れる機会があった私は、韓国民の不安の大きさを肌で感じたものだ。韓国政府として「対策を強化した」という姿勢を見せる必要があったのだろうことは推察できる。

 WTOは「自由」で「無差別」な貿易を「多国家間」で進めるために1995年に設立された国際機関である。日本政府は韓国政府がWTO協定に違反していると主張して2015年5月にWTOに協議を要請。9月に小委員会が設置され、日韓両政府から事情を聞いたうえで2018年2月に報告書が公表された。これは「日本勝訴」だった。韓国の輸入規制は「恣意的または不当な差別」に当たり、「必要以上に貿易制限的」だと判断された。

 ところが、今年4月11日に公表された上級委員会の報告書は、小委員会の判断を「分析が不十分」として取り消した。「差別に当たらない」と判断したわけではなく、「差別に当たると判断するには分析が不十分だ」と言ったのだった。

 WTOでは、小委員会が裁判でいう「第一審」に当たり、「第二審」が上級委員会で、「第三審」はない。4月26日にはWTOの紛争解決機関会合で上級委報告がそのまま採択された。これでこの案件は終了である。

 日本としては、

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