臼田孝(うすだ・たかし) 産業技術総合研究所 計量標準総合センター長
1987年東京工業大学総合理工学研究科修士課程修了。博士(工学)。1990年産業技術総合研究所の前身組織である計量研究所に入所、以後ドイツ物理工学研究所(PTB)、フランス国立科学研究センター(CNRS)、国際度量衡局(BIPM)の招へい研究員等を歴任。2017年より現職。 専門は計測工学。著書に『新しい1キログラムの測り方』(講談社)ほか
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
正確な1キログラムを実現する技術を持つのは日・米・独・カナダだけ
ところが国際キログラム原器が質量の定義になって以来100年余りの間に、原器自体に1億分の1オーダーの変動が疑われるに至ったのである。国際原器が変動すればそれにつれて世界中の質量の測定値が変動することになる。日常生活には影響を与えない、ごくわずかな変動だが、今日のハイテク社会では無視できない。
また変動を別にしても、世界で一つしかない人工物を基準にしては、いつ破損や紛失が起こるか判らない。このような危惧の下、世界中の研究機関が協力し、数十年がかりでようやくキログラムの定義が変わったのである。
単位の定義が変わるのはこれが初めてではない。これまでも科学の進歩とともに、より精度の高い基準へと単位の定義は改定されてきた。例えば、メートル原器は1960年に定義の地位を失い、光の波長が長さの定義となった。1983年からは「真空中の光の速さ」という不変の物理定数を使い、一定の時間に光が進む距離として定義されるようになった。これでナノテクノロジーに必要な微小な長さから、人工衛星間のような長大な距離まで正確な測定を可能としている。
質量についても、このような物理定数を定義とすることが検討され、いくつか候補があげられた。そして最終的に「プランク定数」を基準とすることが採択された。「プランク定数」は量子力学で登場するエネルギーの最小単位に関係する物理定数で、これをもとに質量へと換算できるのである。
今後はパリの国際度量衡局に行かなくても技術さえあれば正確な1キログラムが実現できるようになる。また原器が壊れても全く同じものをつくることが可能で、これによって未来永劫ぶれることなく1キログラムが得られることになった。
なお、電流(アンペア)と温度(ケルビン)、物質量(モル)も5月20日から物理定数を基準にした値になった。
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