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耕さない農業が地球温暖化を抑制する

有機物を増やして土壌侵食を防ぐ保全農業の展開を

金子信博 福島大学教授

拡大日本国際賞学術懇談会でのラル博士(左)と筆者=筆者提供
 2019年度の日本国際賞(The Japan Prize)は、「生物生産、生態・環境」分野から、「食糧安全保障強化と気候変動緩和のための持続的土壌管理手法の確立」に対し、ラタン・ラル博士へ贈られた()。ラル博士は現在、オハイオ州立大学特別教授、炭素管理・隔離研究センター長をされている。

 ラル博士の受賞理由は、増大する地球の人口をいかにして養うか、またその一方で、不適切な生物生産による土壌劣化を防ぐとともに、気候変動を軽減しつつ環境の質を向上させるための土壌管理とは何かという課題を学術的に深化させ、多様な生態系に適合した技術オプションの確立に成功したこと(日本国際賞HPより)である。

※2019年度の日本国際賞はもう一人、「物質・材料、生産」分野の岡本佳男博士へも贈られた。授賞業績は「らせん高分子の精密合成と医薬品等の実用的光学分割材料の開発への先駆的貢献」。

劣化する土壌 最大の原因は「耕す」こと」

 土壌劣化が農業を通して人口問題に関係することは容易に理解できるものの、気候変動や環境の質にも関係するとは、いったいどういうことだろうか。

 土壌には植物を起源とする有機物が集積している。乱暴だがきわめて簡単に言うと、この土壌有機物(すなわち土壌炭素)が多いほど、土壌の状態は良い。たとえば、劣化した土壌で1ヘクタールあたり1トンの土壌炭素が増加すると、20~40キログラムの小麦、10~20キログラムのトウモロコシ、そして0.5~1キログラムのササゲの増収が可能である(Lal 2004)。土壌有機物の量は植物からの有機物供給と、土壌生物による分解とのバランスで決まっている。キャンディをゆっくりなめるのではなく、口に入れたとたんに噛んで細かくするとすぐに溶けてなくなるように、土壌を耕すと有機物の分解が速くなり、植物が同じように生育していたとしても、土壌有機物は減少する。

 土壌で分解される有機物に含まれる炭素は、二酸化炭素として大気に放出される。もともと大気中にあった二酸化炭素が植物の光合成によって固定され、それが再び大気に戻るのだから、差し引きはゼロとなって問題がないと思われるかもしれない。しかし、二酸化炭素の固定速度よりも放出速度が土壌劣化によって速くなるとしたら、それは問題である。ラル博士や他の研究者は、これまでの農業活動によって放出された二酸化炭素の量は、燃料革命以降、化石燃料を燃やすことで増加した二酸化炭素の量に匹敵することを指摘している(Lal 2004)。

拡大サトウキビの大規模プランテーションにおける耕起。土壌の劣化を招いていると考えられる=インドネシア・ランプン州、筆者提供
 土壌は、陸上生態系における植物の生長を支える基盤である。残念なことに、その土壌が世界的には大規模に劣化してきた。その最大の原因は土壌を「耕す」ことである。

 また、土壌が植物や植物残渣、落葉などで被覆されないと、風や雨で表層土壌が移動する。これを土壌侵食と呼ぶ。耕すことは、土壌を軟らかくし、雑草や植物残渣を土壌にすき込んで作業を容易にすることを目的として行われる。雑草や植物残渣のすき込みは、土壌有機物を増加させるように思えるが、土壌を裸出させるので、土壌侵食を加速してしまう。土壌は一般に表層ほど土壌有機物や養分が豊富なので、土壌侵食は土壌の肥沃度を低下させる。さまざまな土地利用における土壌侵食速度を比較すると、自然の植生がある場所では土壌生成速度とほぼ釣り合っているのに対し、土壌を耕す農法を行っている農地(すなわち一般的な農地)では生成速度よりもはるかに侵食速度が高くなっていた(Montgomery 2007)。

 問題は、その変化の速度である。 ・・・ログインして読む
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筆者

金子信博

金子信博(かねこ・のぶひろ) 福島大学教授

福島大学食・農学類教授(森林科学・土壌生態学)。京都大学大学院農学研究科中退、農学博士。島根大学生物資源科学部助教授、横浜国立大学大学院環境情報研究院教授を経て、2018年から現職。土壌生物の多様性と生態系機能の関係を研究。

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