大学院は出たけれど——博士の就職難は「自己責任」か?
2019年06月17日
私事で恐縮だが、筆者は今年4月に転職し、大学で教員として働いている。正確な肩書きは「県立広島大学 経営情報学部 兼 新大学設置準備センター 准教授」ということになる。前者で社会学を教えながら、後者で「大学をつくること」が仕事だ。教員とはいうものの、労力の比率は後者のほうがずっと高い。もちろん研究者でもある。
これまで非常勤講師として複数の大学で教えつつ、フリーランスのライターをしてきたが、20数年ぶりに正規の職に就いた。「粥川さんはフリーランスであることにこだわって仕事を続けていて…」といわれることがあるのだが、若い頃はともかくとして、ある時期以降は大学の専任教員になることをずっと希望していた。やっとその希望が実現したと思ったら、人ごととはとても思えないニュースが飛び込んできた。
筆者と同じく、専任の研究者になることを願っていた女性が自殺した、というニュースだ。
より正確にいうと、「自殺していた」というニュースである。『朝日新聞デジタル』4月10日付などによると、すでに2016年2月2日に自殺していたNさんは1972年生まれで、享年43歳。筆者よりも3歳ほど若い。大学で日本思想を学び、仏教の研究で2004年に博士号を取得したという。1969年生まれの筆者は30代で大学院に入学し、2010年に博士号を取得したので、Nさんの学位取得は、取得した年齢でも、取得した時期でも、筆者よりもずっと早い。
Nさんは2005年、日本学術振興会の特別研究員に選ばれ、研究奨励金と呼ばれるお金を毎月受け取るようになった。2008年には著作を出版。2009年には栄誉ある賞を2つも受賞した。Nさんはオーバードクターといっても、筆者とは比べようがないほど優秀な研究者だったようだ。
しかしNさんは、特別研究員の任期が切れてからは、研究費を非常勤講師やアルバイトで稼ぐようになったという。生活費は同居していた両親を頼っていたようだ。筆者の独身時代よりはマシだったかもしれない。筆者は2013年に結婚してからは、生活費の一部を妻に頼ったこともあるので似たようなものだ。
Nさんは2014年、ネットで知り合った男性と結婚した。しかしその結婚は失敗に終わり、離婚届を出したその日の夜に自殺したという。
『朝日新聞デジタル』がこの記事を配信すると、自殺の原因は、専任になれなかったことなど研究者としての苦境ではなく、結婚生活の失敗ではないか、という意見が散見された。たしかに朝日の記事は、研究者としてのNさんの苦境や、「博士漂流」問題、つまりオーバードクター問題に焦点をあてていた。
だが、自殺の理由・原因は1つなのだろうか。研究者としての苦境と結婚生活の失敗、その両方が重ならずどちらか1つだけだったら、自ら死を選ぶことだけは避けられたかもしれない。もちろん、これも推測に過ぎないが。
この記事やネット上での議論を読んで、筆者が思い出したのは、自殺と思われるもう1つの事件だった。2018年9月8日、福岡市にある九州大学の大学院生たちが使う部屋で、すでに大学院を中退した男性Kさんが放火自殺したとされる件だ。Kさんも1972年生まれで享年46歳。Nさんと同年齢だ。
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