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地震学者は地震予知の成功確率をどう考えているか

地震予知はほぼ無理という認識を共有するために

黒沢大陸 朝日新聞論説委員

 「予知失敗、100回中99回 南海トラフ地震で学者回答 実用化の難しさ浮き彫り」。5月末、こんな記事を複数の地方紙や日本経済新聞が掲載した。関西大学の林能成教授が主要な地震学者にアンケートをまとめた結果を共同通信が取材して配信した。この記事を読んで、「まだ予知に甘い見方をしている」との印象を受けたが、たぶん、一般の人々ばかりではなく、災害対応に携わる政治家や役人も、想像以上に低い数字だと思っただろう。この数字が何を意味しているのか。アンケートから見える研究者と社会の意識の違いを考える。

社会に「予知」が伝わるには4段階のステップが必要

「地震予知」についての意識を説明する林能成・関西大教授=筆者撮影
 このアンケートを朝日新聞は報道していないので内容を解説する。林教授は調査の狙いを「地震学者は『予知は難しい』というが、難しさの程度が社会に伝わらず、市民や行政との間で共通認識が得られていない。難しさを定量化して見えるようにしたいと考えた」と説明する。対象者は、日本地震学会の理事15人と代議員123人の計138人。会員の選挙で選ばれる代議員を活発に活動している学者と考えた。有効回答は90人(65%)。

 アンケートは平時での状況について尋ねた。南海トラフで大地震が起きたけれど、引き続き大地震が起きるかも知れない「半割れ」の状態は除外している。設問は、社会に予知が伝わるまでを4段階にわけた。「地震前に地震の前兆となるような異常な現象があるか」。前兆現象が存在しなければ予知などできない。次に「その異常現象は観測できるのか」。前兆があっても観測技術や観測網が不十分だと見逃すからだ。そして「観測データから短時間で、地震につながるかどうかを判定できるか」。当然ながら、できなければ予知にならない。さらに「結果を即座に社会に向けて発表できるか」も必要だ。

 アンケートでは「予知できた場合、実際に地震が起きるか否か」も尋ねた。「予知」できたとしても地震が起きない「空振り」もある。それぞれの可能性を0%~100%まで10%刻みの数値で回答を求めた。数値に科学的な根拠はないが、研究者の経験や直感は無視できないものと考えて、疑似的な定量的評価になると考えた。

「予知」できて、地震が起きるのは1.14%

4段階の可能性の回答をかけ算して算出した「地震予知率」の回答分布=林教授の資料から
 研究者たちの回答の平均は、「前兆現象がある」が49.3%、「観測が可能」が48.4%だった。予知を考える前提の存在、それをキャッチできる可能性さえ、いずれも半々だ。キャッチしても「地震につながるか判定できる」は27.9%にとどまる。地震が起きそうだと判定したとき「発表できる」は40.9%だった。

 4段階のひとつでも欠けると、「予知」の情報は社会に伝わらない。各研究者の4段階の回答をかけ算して事前に情報を出せる可能性を算出した結果(予知率)の平均は5.8%だった。さらに、地震が起きる可能性が高いと判定できても、それが的中する可能性は平均19.7%。5回「予知」しても4回は「外れる」と研究者たちは見ている。予知率5.8%とかけ算すると予知して地震が起きるのは全体の1.14%。「99%は失敗」という言い方もできる。

定例で開かれている「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」の記者会見=佐々木英輔撮影
 南海トラフの場合、異常現象は気象庁の「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」で地震学者らが検討する。「地震が起きる可能性が高まった」と判断しながら公表せずに地震が起きれば責任問題になるから非公表は極めて考えにくい。メディアの取材も集中するから公表を控えても隠し通せない。情報漏れで伝わるよりも発表を選ぶはずだ。地震学者たちが発表される可能性を4割とみるのは、行政に対する信頼の薄さ、「メディアは行政の言いなりになりかねない」という懐疑もありそうだ。

 他の地域よりも観測網が整っており、比較的研究が進んでいる南海トラフの地震であっても、阪神大震災や東日本大震災のように、突然起きることを改めて認識するべきだ。予知を前提に防災体制を構築できる状況ではない。

地震学の実力とかけ離れた社会の期待

 一般の人々は、どのくらいの可能性で地震が予知できると考えているのか。

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