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インカ帝国から今に続く「草で作るロープ橋」

2013年に世界遺産に、架け替え作業は村人総出

ジョルディ・ボスケ フォトジャーナリスト

拡大唯一残っているインカのロープ橋の架け替え作業
 南米大陸の太平洋側で栄えたインカ帝国の驚くべき偉業の一つは、広大な地域を結ぶ道路網があったことだ。その実現には、険しい地形の克服、特に川が刻んだ深い峡谷を越える方法の発見が必要だった。それが、草を編んでつくるロープ橋だ。

 マチュピチュの完璧な石の壁からわかるように、卓越した石の文化を持つインカ帝国が、石ではなく草のロープで橋をつくったことに驚かれるかもしれない。しかし、ペルーは地震が多く、ロープの吊橋は確かに利点がある。欠点は、毎日雨が降る季節が数カ月続き、それがロープを弱らせるので、橋を定期的につくり替えなければならないことだ。そのロープ橋が、今日、一つだけ残っている。

少なくとも600年以上続いている「ロープの橋」

 クスコ市から南へ約160キロ、曲がりくねった道を4時間注意深く運転すると、最後のインカロープ橋「ケシュアチャカ(Q'eswachaka)」に着く。この名前はケチュア語で「ロープの橋」を意味し、アプリマック川が何百万年もの間に刻んできた峡谷の両側にある村々(ウインチリ、チャウピバンダ、チョックカイワ、セコヤナ・ケウエ)をつないでいる。

拡大ケウエ村

 ケウエ村周辺の丘陵地帯は、平日の朝は山岳の小さな集落からケウエまで歩いて学校に通う子どもたちであふれている。しかし今日は違う。今日は何世紀にもわたる伝統を目の当たりにする日だ。両親が祖父母の働く姿を見たのと同じように、子どもたちは自分の両親が村人と共同して働くのを見るだろう。橋は少なくとも600年以上、ここにあった。

 誰もがロープ橋の周りに集まってきて、興奮が周囲に伝わっていく。道路では草のロープを積んだオートバイが走る。皆、特別な日のための伝統的な衣装を着ている。

拡大草を撚って細いロープを作る

 橋の架け替えは、この地域の生活の中で重要なイベントであり、すべての大人が参加する。プレコロンビア(スペインに征服される以前)の伝統的な共同作業「ミンカ」の取り決めに従って、村人全員が地元でイチュと呼ばれる丈夫な草を手で2つ撚(よ)りにしてロープを作る。草はまず丸い石で叩いてからアプリマック川から取った水に浸し、やわらかくする。

山の神に供え物を捧げてから

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筆者

ジョルディ・ボスケ

ジョルディ・ボスケ(Jordi Busqué) フォトジャーナリスト

1977年、スペイン・バルセロナ生まれ。バルセロナ大学とパリの天体物理学研究所で天体物理学者として働いたあと、写真家に。写真を通じて天文学と科学の重要性を伝えるとともに、ラテンアメリカ、とくにボリビア、ペルー、チリの消えゆく文化や社会変化をフォトジャーナリストとして追っている。

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