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京アニ放火というテロの損害の大きさ

「知的ノウハウ」と「日本のイメージ向上チャンネル」 2つの大きな損失

山内正敏 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

 京都アニメーション(京アニ)への放火で、多くの犠牲者や負傷者が出た。まずはお悔やみとお見舞いを申し上げたい。

京都アニメーション前に多くの人々が献花に訪れた=2019年7月20日、京都市伏見区、矢木隆晴撮影
 放火とは建物内にいる人間の大量殺人を目的にしており、まさしく「テロ」だ。今回は、通り魔的な無差別殺人と異なり、犯人の頭の中で作った「敵」を攻撃した行為、すなわち思想行為であり、オウム真理教によるサリン地下鉄テロと同じく、狭義でも「テロ」と言えよう。

 近年、完全な単独犯によるテロで一番犠牲者が多かったのが2011年7月のオスロ郊外でのテロで、犠牲者は77人だ。続いて、2016年6月に米国オーランドで49人が、2017年10月に米国ラスベガスで59人が(通り魔殺人に近いので米国基準ではテロではないが)犠牲となり、今年3月にニュージーランドで51人の犠牲者が出ている。犠牲者の数だけでも今回はそれに次ぐが、失われた無形財産を考えると、私には今回が最悪のテロ被害と感ぜられるのである。その理由を以下に述べる。

複数の意味での喪失の危機

 京アニは、外国住まいでアニメに縁のない私でも、虫プロとジブリの次に名前を知ったほどに有名だ。英国BBCがかなり長い時間にわたって今回の事件をWEB版のトップに載せたほか、スウェーデンの各メディアもトップで扱った。その際の記事も、単なる「最悪の放火」という面だけでなく、ターゲットが京アニであったことをことさら強調する内容だった。

京都アニメーションが制作したアニメ作品「けいおん!!」

 報道はどれも「K-ON!」(けいおん!)を代表作として紹介し、他に「涼宮ハルヒの憂鬱」も多くのメディアが紹介していた。これらの作品が欧州でも人気のアニメだったことをうかがわせる。ちなみに後者は、放映後しばらくの間、その二次創作がネット上に出回って、訳の分からなかった私は原作を買って京アニの名前を覚えるきっかけとなった。

 加えて、こちらの報道では、どこもが「日本のアニメ業界では珍しく従業員を大切にする会社で、歩合制でなく月給制である」と指摘している。つまり、海外では「質」だけでなく「制作過程」にも好印象をもたれているスタジオであることが分かる。単にアニメ業界や文化にとどまらず、国際親善という意味で、極めて重要な役割を果たしてきたのである。そんなチームだからこそ、海外から1億円を超える義援金がすぐに集まった。

 今回の大量殺人の特徴は、専門家集団に甚大な被害を与えたという点にある。それで私が直ぐに思い出したのが、1991年秋のアイオワ大学銃撃事件である。宇宙空間(スペース)物理学の理論チーム全員が、同じ大学の大学院生によって銃殺された事件だ。アイオワ大は「バンアレン帯」と呼ばれる地球を取り巻く放射線帯を発見したことで有名で、人工衛星や惑星探査機による各種観測のトップチームの一つでもある。だから、私の専門であるスペース物理学の業界では大騒ぎになった。

 事件が起きた当時は、

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