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承認された「自家培養軟骨」は、ひざ関節に有効か

国家戦略に翻弄される世界の健康行政

川口浩 東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長

 韓国の黄禹錫氏によるヒト胚性幹細胞の捏造事件が世界中の医学界に衝撃を与えてから既に10年以上が経過した。歴史は繰り返されるというべきか、最近、韓国でふたたび再生医療関係のスキャンダルが起きている。再生医療製品としては世界中で唯一、「変形性膝関節症」を適応症として規制当局に承認されていたインボッサの虚偽申請である。

国の経済政策がゆがめる医療

 インボッサは、同種異系ドナーから採取して培養した軟骨細胞にTGF-β1(トランスフォーミング成長因子-β1)を遺伝子導入した細胞を膝関節内に注射する軟骨再生細胞療法だ。韓国のKolon社が開発し、2017年にMFDS (韓国食品医薬品安全処)で承認されて市場に出た。しかし今年5月、MFDSへの申請資料の虚偽記載が明らかになって承認が取り消され、Kolon社は上場廃止とされたのに加え、刑事訴追を受けている。軟骨細胞ではなく腎臓に由来する癌性細胞株を用いていたということで、非常に悪質と言わざるを得ない。

韓国のKolon社が開発・販売したインボッサ
 変形性関節症は、加齢に伴って四肢や脊椎の関節軟骨が摩耗・欠損していく疾患で、その患者数は骨粗鬆症や関節リウマチを遥かに上回っている。我々整形外科医が扱う運動器医療の領域では世界中でも最大の疾患であり、その治療法の開発は国際的な課題と言える。インボッサによる治療を受けている変形性関節症の患者は、臨床試験から現在までの11年間に3500人以上にのぼる。Kolon社のみならず政府への集団賠償請求は必至で、被害規模はヒト胚性幹細胞捏造事件を遥かに上回るであろう。

 このような長年に及ぶ国民の健康を犠牲にした偽造の背景には、「再生医療」を経済成長の重要産業として位置づけている韓国の「国家戦略」が存在する。ところが、「国家戦略」のために国民の健康が脅かされているのは韓国だけではない。日本でも、国策としての「再生医療」が変形性関節症の領域まで侵蝕している。2014年に再生医療新法が施行されて以来、これを逆手に取って「変形性関節症に対する軟骨再生医療」をうたって自由診療をする医療機関が日本中に林立している状況だ。中には公式サイトに「厚労省より認可を受けました」と明記しているクリニックもある。

審査資料に込められた審査員の抵抗

 日本の場合、軟骨の再生医療製品としてPMDA(医薬品医療機器総合機構)から承認を得ているのは、自家培養軟骨「ジャック」のみである。発売元の親会社である富士フイルムのテレビCMで知られ、これが上記の自由診療クリニックの林立に拍車をかけたことは否めない。

ジャックの添付文書には、適応症に「変形性膝関節症を除く」と明記されている

 ジャックは、

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