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参院選が放棄した「憲法改正と安全保障」の議論

「ヒバクシャ国際署名」への賛同アンケートが示した政策問題への無関心ぶり

鈴木達治郎 長崎大学 核兵器廃絶研究センター(RECNA)副センター長・教授

 7月21日の参議院選挙は、一言でいえば盛り上がりに欠けた選挙であった。結果をみると、自民党は改選前議席の67から10名も少ない57議席にとどまった。一方、公明党が11から14議席ふえたことで、何とか与党は過半数を超えることができた。これをとらえて、はたして「与党」の勝利、ということができるのだろうか。筆者はとてもそうは思えない。

当選者に花をつけて席に着く安倍晋三首相と、二階俊博幹事長(左)、加藤勝信総務会長(右)=2019年7月21日、東京・永田町、福留庸友撮影
 大きく言えば、国民は「消極的な現状維持」を選んだ、というのが妥当な評価であろう。しかし、何よりも投票率の低さ(48.8%)が物語るように、国民の関心度が低い選挙となったことがより深刻である。

 その最大の原因として、「政策議論の欠如」をあげたい。本来選挙は、政治家の選択ではなく、政策の選択であるべきだ。しかし、重要な政策課題について、国民は「選択の余地」が見えないまま、投票に向かったのではないだろうか。政策議論に乏しい選挙が続けば、民主主義にとっては深刻な危機といえる。比較的選挙の争点になりにくいといわれる、安全保障や核問題でその実態をみてみよう。

「憲法改正」と外交政策

 選挙結果をふまえ、記者会見で安倍首相は「国民からの力強い信任を得た」と延べ、憲法改正に向けた議論を進める考えを示した。しかし、公明党の山口党首は「憲法改正を議論すべきだと受け取るのは少し強引だ」と指摘し、「改正する必要は今、どこにあるのかはっきりしません」とも述べた。この山口氏の見解は世論調査の結果にも表れている。朝日新聞の調査によると(22、23日調査)、改憲勢力が3分の2に達しなかったことについて、「よかった」が43%、「よくなかった」が26%であり、さらに「安倍首相に一番力を入れてほしい政策は何ですか」の問いに対して、「憲法改正」は3%の最下位であった。

 しかし、筆者は、憲法改正の議論の是非を問いたいのではない。もし安倍政権が「憲法改正の議論」を選挙の争点とするなら、しっかりとその意味について議論をするべきであった、ということが言いたいのである。安倍首相が述べた「(憲法改正の)議論をするのか、しないのか」という選択は、政策選択肢にはなっていない。

 そして、「憲法改正」特に「憲法9条」に関する議論をするのであれば、安全保障政策の議論が不可欠である。今、その対象となる格好の政策課題として、イランと米国の対立によるペルシャ湾の緊張があげられる。日本は米国が提唱している有志連合に参加すべきなのか。日本の所有する船(日本人が乗船している船)の護衛はどうするのか。もし、日本が護衛するとすれば、憲法との関係はどうなるのか。憲法内で自衛隊を派遣する方法はあるのか。こういった政策議論が行われなければならない。このような重要な政策課題について、突っ込んだ政策議論が行われたとは思わない。

ホルムズ海峡を警備するイランの精鋭部隊・革命防衛隊の警備艇と大型船舶=2019年7月3日、イラン南部バンダルアッバス沖、杉崎慎弥撮影

 与党は「今のところ有志連合への自衛隊派遣は考えていない」(岩屋防衛相、2019年7月16日)と答えているが、ホルムズ海峡を通行する船の安全確保策については明確な方針を示していない。野党も「自衛隊派遣は現行法では不可能」(福山哲郎立憲民主党幹事長)として、反対をしている。これでは、「憲法改正と安全保障」の政策議論が全く深まらないのではないか。現憲法内でも、ホルムズ海峡を通過する船の安全確保はできるのではないか。その場合、有志連合に参加する必要もないのではないか。

 海上自衛隊自衛艦隊司令官を務めた香田洋二氏は、「日本船舶を護衛するのに集団的自衛権の議論は必要ない。それはやってはいけない(軍事的緊張が高まって戦争につながる恐れがある)。まずは海上自衛行動(自衛隊法第82条)で守ることができるのではないか」と指摘する(日経ビジネス、2019年7月12日)。

 憲法改正や安全保障政策の議論も、このような具体的政策課題に落とし込んで、議論すべきだ。国民が望んでいるのは、原則論のみでの「賛成」「反対」ではなく、問題解決につながる政策議論であり、このような議論を通じて政策問題への理解を深めることができるのが、選挙の重大な役割であるはずだ。

核兵器の議論に関心なし?

 もう一つ、安全保障上の重要な課題として、「核の傘」問題がある。2年前に成立した「核兵器禁止条約」に日本政府は署名しないと述べており、その理由として、緊迫化する安全保障環境を考えれば「核の傘」が必要だ、という立場である。はたして、この問題について真剣な政策議論が行われたであろうか。

「ヒバクシャ国際署名」に応じる人たち=2019年5月、広島市中区

 この問題を議員たちがどのように考えているかを知るための貴重な運動が始まった。選挙前に始められた、核兵器に関する大変ユニークなキャンペーンである。「議員ウォッチ」というこのキャンペーンは、核兵器廃絶を目指す有志が、現職の国会議員、そして今回の参議院候補者に対し、「ヒバクシャ国際署名」への賛同の有無とその回答を公開する運動である。この運動を通して、日本の国会においても、核兵器に関する政策議論を活発化させることが大きな目的であった。

 しかし、アンケートの結果で分かったことは、

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